趣味


多様な娯楽
 一般的に流布している謹厳なイメージとは異なり、ワシントンは実に多様な娯楽を楽しんだ。おはじき収集、ビリヤード、富くじ、狐狩り、鴨狩り、釣り、闘鶏、競馬、競艇、音楽鑑賞、バーベキュー・パーティー、トランプ、ダンス、観劇、猟犬の育成などを楽しんだという。時々、嗅ぎタバコやパイプでの一服を楽しんだという。さらに牡蠣やスイカを好んで食べ、マデイラ・ワインを愛飲したという。自然の中で過ごすことが好きで、自宅周辺にあるすべての木の種類が分かったという。またジョゼフ・アディソンの悲劇『カトー』を好んで読んだという。それは、古代ローマの共和主義論者のがカエサルに抵抗して自由のために自刃する話である。その中に登場する「温和な哲理の静かな光」という言葉をワシントンは好んでいた。
 バーベキュー・パーティーを最初に開催した大統領はワシントンである。1893年のことである。トランプでは勝敗を事細かに記録していた。またダンスについては、軍人らしく「優雅な闘争」と呼んでいた。劇の中で好んで見たタイトルは、「醜聞の見分け方教えます」、「ジュリアス・シーザー」、「ハムレット」などである。
 数ある趣味の中でもワシントンが最も熱心に取り組んだ趣味は猟犬の育成である。それはもちろん狩猟を楽しむためである。狩猟は週に1回、時にはそれ以上行っていた。ヴァージニアでは狩猟、特に狐狩りは単なる個人の楽しみではなく、多くの人々を自宅に招いて行なわれる社交的な催しであった。
 独立戦争に参加したラファイエットは友誼の証として、わざわざフランスから7頭の猟犬をジョン・クインシー・アダムズに託してワシントンに送っている。その中の1頭である「バルカンVulcan」は、アメリカン・フォックス・ハウンドという新しい犬種の血統の祖となった。ワシントンは日記に犬の特徴や性質を丹念に記すほど育成に熱心であった。しかし、ワシントンが猟犬に付ける名前は変わった名前が多かった。雄犬には「大酒呑み」、「呑んだくれ」、雌犬には「恋人」、「甘い唇」といった名前をつけていた。 
 しかし、一方で「もし黒人奴隷がどんな口実であろうとも何かを家庭に持ち込んでとっておこうとするのであれば、厳しく罰して、その犬を縛り首にしなければならない[中略]。犬を使って夜盗をはたらかせる以外によからぬ目的で黒人奴隷が犬を育てて飼うことなどないだろう。それにしても、彼らの犬を使う巧みさには驚かされる」と友人に宛てた手紙で述べているように、ワシントンが犬を愛する感情は現在の愛犬家とは少し違うようである。
 猟犬の他にワシントンは驢馬を飼育していた。カルロス3世は、ワシントンに純血の雄の驢馬を送った。その当時、純血の雄の驢馬を輸出することは禁じられていたのでアメリカでは貴重種であった。ワシントンは、その驢馬を「国王の贈り物」と名付けた。さらにワシントンはラファイエットからマルタ島の雄の驢馬を受け取っている。その驢馬は「マルタの騎士」と名付けられた。こうした驢馬は、様々な用途に使えるラバを生み出すために雌馬との交配に使われた。また将来、食肉用にすることを考えてバッファローも飼育していた。

服装に気を配る
 ワシントンは将兵にきっちりした軍装を身に付けるように気を配ったが、自身も身嗜みに非常に気を使っていた。ある手紙の中では、「このシャツは本当にぴったりだが、私は他のシャツを、ちょっと袖口を細くして襞が半インチくらい深く、襟が4分の3インチになるようにしている」と記している。ワシントンの几帳面な性格をうかがわせる。こうした服装への拘りは当時の紳士の嗜みであり、ワシントンは多額のお金を費やしている。

ジェントルマン
 人を容易に寄せ付けない威厳と党派から超然としている姿勢は、ワシントンを特徴付ける最も強いイメージである。当時の人々は、ワシントンを思慮深く高潔な人物であり、常に冷静沈着であると評価し、完全なジェントルマンだと見なしていた。1787年に開かれた憲法制定会議で、ペンシルヴェニア邦代表のグヴァヌア・モリスはハミルトンとある賭けをした。モリスがワシントンの肩を叩いて挨拶できれば、ハミルトンがモリスに夕食を奢ろうという賭けである。
モリスは気後れしながらもワシントンの肩を叩いて「親愛なる将軍、ご機嫌麗しいようで幸いです」と声をかけた。するとワシントンは後退し、非難めいた眼差しでモリスを竦ませた。幸いにもワシントンはモリスの振る舞いに対して根に持たず、モリスの気の利いた言葉を聞いては笑っていたという。

ジョージ・ワシントン大統領歴代アメリカ合衆国大統領研究