ギリシア悲劇『オルフェイア』

 (ナレーターはお年寄りの吟遊詩人。ゆっくりとした口調で)
ナレーター:今から話すのは、人間と神が一緒に仲良く暮らしていた頃の話。はるか昔のそのまた昔は、神様たちが人間のもとへ気軽に遊びにきたもの。そういうおまえは誰かとな?わしは名も無い旅の語り部にすぎん。さてと話に入るとしようか。
 
ナレーター:オルフェウスという名の一人の若者がいる。オルフェウスは音楽の神アポロンの息子で、それはもう美しい若者。父であるアポロンはオルフェウスをたいそうかわいがって、すべての音楽の技を伝授する。特に上手なのは、竪琴であったそうな。オルフェウスがひとたび竪琴を弾けば、森に棲む獣たちさえ耳を傾けたという。あの恐ろしいライオンや熊でさえも大人しくなったというからたいした腕前。オルフェウスは竪琴を弾く、森の木陰で毎日毎日。雨の日も風の日も、たとえ嵐の日でも。そんなある日、オルフェウスがいつものように竪琴を弾いて歌っていると。

オルフェウス:「果てしない空に雲は流れゆき、呼べども戻らぬこの美しき日々。心優しい獣たちに、やわらかい太陽の光。ひとたび竪琴に指を走らせれば、ひとりでに流れ出る心の調べ。これ以上、僕に何がいるというのか?ただ安らかに過ぎ行く日々を眺めるだけで」

ナレーター:ここでふとオルフェウスは歌うのを止める。森の獣たちとは違う気配を感じて。

オルフェウス:「いったい誰です?僕の歌を聞いているのは?」

(エウリディケ、森の精。申し訳なさそうな口調で)
エウリディケ:「あら、ごめんなさい勝手に歌を聞いてしまって。でもあまりにあなたの歌が美しいものですから」

ナレーター:オルフェウスはここでまた再び歌い始める。

オルフェウス:「君の名はなんというのですか。きっと素敵な名前に違いない。僕は生まれて初めて君のように美しい人を見た。あやかしの精か、はたまた幻なのか。夜空の星のように輝く瞳、ふくよかな唇。ばら色に染まる頬。そんな君の笑顔は、灼熱の太陽の光のように僕の心を射抜く。是非ともお教え下さい、君の名を」

エウリディケ:「私の名は、エウリディケ。森の木の妖精です。長い間眠っていたのですが、あなたの歌に誘われて目を覚ましたのです」

オルフェウス:「エウリディケ。エウリディケ。なんて素敵な名前なんだろう。眠っていたのを起こしてしまってごめんなさい」

エウリディケ:「いえいえ、いいのです。あなたの歌はとても素晴らしいから」

オルフェウス:「でも僕の歌は、君の素晴らしさを満足に歌うこともできない。あまりに君が素晴らしいから」

ナレーター:森の木の精、エウリディケとオルフェウスはこうしてたちまち恋に落ちる。オルフェウスとエウリディケは森の獣たちに祝福されて結婚し、二人仲良く暮らす。幸せな日々は永遠に続くかと思われたが・・・・・。

(エウリディケ、細くか弱い声で)
エウリディケ:「ああ、オルフェウスよ。もう・・・・・もう私はおしまいです。」

オルフェウス:「エウリディケ、いったいどうしたんだい?その真っ青な顔は?」

エウリディケ:「野原で毒蛇に」

オルフェウス:「毒蛇に噛まれたのかい!?毒蛇に」

エウリディケ:「消えていくのがわかりますか。私の命が」

オルフェウス:「愛しいエウリディケ、そんなことは言わないでおくれ。全部嘘だと僕に言っておくれ」

エウリディケ:「いいえ、嘘ではありません。わかるでしょう?私のこの顔の青さ。息遣いの荒さ。私の命はもうすぐ消えてしまうのです」

オルフェウス:「ああ、僕は、僕は・・・・・どうしたらエウリディケ」

エウリディケ:「オルフェウス・・・・・ただあなたと別れるのが怖いのです。私の死によって・・・・・。もう・・・・・時間がありません」

オルフェウス:「エウリディケ、エウリディケ、行かないでおくれ。僕を一人で置いていかないでおくれ」

エウリディケ:「・・・・・いとしいあなたよ・・・・・もっとあなたのそばで生きていたかったのに。もう・・・・・」
 
ナレーター:こうしてエウリディケは、野原で遊んでいる時に毒蛇に噛まれ、毒が回りあっという間に死んでしまう。オルフェウスは悲嘆に打ちひしがれ、あれだけ大好きだった竪琴も全く弾かなくなる。森の獣たちはそんなオルフェウスの様子を見て心を痛め、賢者ケイローンをオルフェウスの所まで連れてくる。

(ケイローン、老賢者として知られるケンタウロス。優しい老人の口調で)
ケイローン:「わしを呼んだのはおぬしか、オルフェウス」

オルフェウス:「いいえ、僕ではありません、あなたを呼んだのは。きっと僕のことを心配した森の獣たちでしょう」

ケイローン:「そうか、おぬしは森の獣たちに慕われているのだな。それにしてもどうしたのだ、そのやつれた姿は。」

オルフェウス:「もう僕には生きる希望が無いのです」

ケイローン:「生きる希望とな。はたしてそれはどういうことなのか」

オルフェウス:「エウリディケが毒蛇に噛まれて死んでしまったのです。だから僕は」

ケイローン:「そうか。そういうわけであったか」

オルフェウス:「そうなのです。それから僕はどうしたらよいのか途方に暮れるばかり」

ケイローン:「エウリディケを取り戻す方法がないでもないが。どうだろう」

オルフェウス:「エウリディケを取り戻す?本当に?」

ケイローン:「さよう。取り戻す方法が一つだけある」

オルフェウス:「それは?それはいったい?賢者ケイローンよ、是非ともお教え下さい、その方法を」

ケイローン:「よかろう。優しいおぬしの気持ちにめんじて教えてやろう。とても困難なことであるからおぬしにできるかどうか」

オルフェウス:「きっとやり遂げてみせます」

ケイローン:「そうか。ならば教えよう。冥府におもむき、冥府の王であるハデスにエウリディケを返してくれるように頼むとよい」

オルフェウス:「そうですか冥府に。それがどんな恐ろしい所であろうと僕は行ってみせますとも」

(ケイローン、重々しい口調で)
ケイローン:「ただし、ハデスのもとに行くまでには、二つの関門を乗り越えなければならん。一つ目は忘却の河の渡し守カローン、そして二つ目は冥府の番犬かエルベロス。そこを通れるのは死者のみで、命あるものは誰一人としてけっして通ることはできないぞ」

オルフェウス:「賢者ケイローンよ、ありがとう。たとえどんな困難が待ち受けようとも私はエウリディケを取り戻します」

ナレーター:ケイローンに導かれてオルフェウスは冥府の入り口までたどり着く。冥府の入り口は、それはもう暗く、この世のものではない陰鬱な感じが漂う。命あるものはけっして自ら冥府の入り口なんてくぐるものではない。みなさまがたもよく覚えておくがよろしい。オルフェウスも、エウリディケのことがなければとてもこの入り口をくぐる気にはなれなかったであろう。オルフェウスはケイローンに別れを告げ、まずは忘却の河を目指す。闇の他には何も無い道とも言えぬ道を時間の過ぎるのもわからずオルフェウスは進んでいく。すると開けた場所に出る。そこには黒々とした河が横たわっており、一つきりしかない渡し舟の前で一つの影が浮かんでいる。その影が恐ろしい声をあげる。

(忘却の河の渡し守カローン、死者から渡し賃を取って冥府に運ぶ。死神のようにしわがれ、そして嘲笑するような声)
カローン:「そこのおまえは何者か。ここが命ある者は誰も通れぬことを知らぬのか」

オルフェウス:「もちろん知っていますとも。ここが忘却の河であることも」

カローン:「ほほう。では話が早いな。それでは我が名も知っておろうな」

オルフェウス:「あなたの名はカロン。偉大なる忘却の河の渡し守。あなたの許し無しでは死者といえども簡単には冥府に渡ることができないと聞いております」

カローン:「若いの。礼儀をわきまえておるな。そうである。我が名はカロン。我が許し無くば誰もここ
は通ることはできぬ。我に支払う渡し賃を忘れた死者は、二百年河のほとりをさまようことになっておる。
それで汝はここに何の用だ」

オルフェウス:「冥府に行かせて欲しいのです」

(カローン、皮肉った感じで)
カローン:「いったい誰をだ?」

オルフェウス:「この僕を」

カローン:「さては面白い冗談だな。命ある者は誰も通れぬと言ったではないか。そして汝はその命
あるものであろうが。まあ、どうしても通りたければ死者となってあらためて出直すがよい。その時、ま
た考え直してやろう」

オルフェウス:「そうですか。では偉大なるカローン様にお会いできた記念に僕の竪琴くらいは聴いていただきたいのです」

カローン:「よかろう。ちょうど退屈だったところだ。弾いてみろ」

ナレーター:忘却の河の前でオルフェウスは、竪琴を弾いて歌いだす。カローン一人のために心をこめてオルフェウスは竪琴をつまびく。

オルフェウス:「長い年月、その男は勤めを果たしてきた。母のぬくもり、安らかな眠り、穏やかな日差し、小川のせせらぎ、人々の笑顔。この世のあらゆる暖かいものに背を向けてひたすら勤めを果たすだけ。魂の管理者という勤めを。永遠に誰も感謝することなく、それどころか恐れるだけで誰もその男の気持ちをわかってやろうともせぬ。この世のすべての魂の重みを一身に背負い、腰は曲がり声はしわがれた。この世のすべての悲しみをつぶさに見て、その目は曇り涙はとうに枯れ果てた。それなのにそれなのに誰もこの男に感謝しようともしない。この孤独でくたびれた老人に。彼が恐ろしげに振舞うのは、ただその心の中の孤独を隠すためなのに」

ナレーター:オルフェウスの竪琴の調べと歌声が、忘却の河に響き渡ると河は死者のすすり泣く声で埋まり、カローンは我知らず涙を流す。オルフェウスの竪琴がカローンの心をとらえる。カローンは自ら渡し舟の櫂をとり、オルフェウスを渡す。カローンは、オルフェウスに冥府の番犬に気をつけろとまで言う。忘却の河を後にしたオルフェウスは、死者の導きにより冥府の門の前に至る。そこには見るからに獰猛な一匹の怪物が門を塞ぐように寝そべっている。獰猛な怪物は、ケルベロス。むくりと起き上がって青銅の声で吠えたてる。

(ケルベロスは、冥府の番犬で死者が冥府から逃げ出さないように常時見張っている)
ケルベロス:「そこのおめえ、どうやってここまで来た?命ある者のくせにふてえ野郎だ。カローンの老いぼれの目はごまかせても俺様の目はごまかせんぞ。大人しく食われちまいな」

オルフェウス:「いいえ、あなたに食われてしまうわけにはいかないのです。ケルベロスよ。」

ケルベロス:「俺様の名前を知っているとは命ある者にしては感心だな。おめえなんぞ一口でおしまいだ。それじゃつまらないから、言い分を少しだけ聞いてやろう」

オルフェウス:「ありがとう、心優しいケルベロスよ。僕はハデスに話があるのです。だからここを通して欲しい」

ケルベロス:「ハデス様に話があるだと?たかが人間ふぜいが何様のつもりだ」

オルフェウス:「もちろん無理を承知でお願いしているのです」

ケルベロス:「ここを通りたければ俺様を倒していくんだな。おめえみたいな弱っちい野郎を本気で相手にするのも馬鹿らしいが。そうだな、今から十分間、俺は何もしないで待ってやる。逃げるなり剣で突くなり好きにしな。どうせ何をしても無駄だと思うけどな」

ナレーター:それだけ言うとケルベロスは、また元のように門を塞ぐ形で寝そべって目を閉じてしまう。オルフェウスは、おもむろに竪琴を取り出し歌い始める。

オルフェウス:「生まれたばかりの君が見た青い草原。生まれて初めて見る広い世界。空に雲に草原ただそれだけだったけれども、何もかもが新しく若々しさに満ちていた。芳しい草原の香りを風が運ぶ。さやさやとさやさやと。そんな風に誘われて君は元気よく吠えながらどこまでも走っていく。青い青い草原を。太陽が笑い、夜が顔を出し、また太陽が笑っても、どこまでもどこまでも走る。でも君がふと気付くと広い広い草原にたった一人。急に寂しくなって君はお母さんを探した。でもあまりに遠くに来てしまっていたからお母さんは見つからなかった。そして君は泣く濡れて草原で寝入ってしまった。その夜、夢を見た。母の胸に抱かれている夢を。ずっとずっと走って疲れてしまった君を優しく揺すぶってくれるお母さん。君は言った。お母さん、僕は疲れてしまったよ。ずっとずっと走ったから。本当にずっとずっと走ったから。お母さんは言った。そう、えらいわね、ずっとずっと走れるようになって。今日はもうお眠りなさい。お眠りなさい。何も心配せず、安らかにお眠りなさい。お眠りなさい・・・・・」

ナレーター:オルフェウスはケルベロスのその大きな体をよじのぼる。それでもケルベロスは目をいっこうに覚まさない。オルフェウスの歌に誘われてケルベロスは深く安らかな眠りに就いたというわけ。ケルベロスの体を越え、オルフェウスは冥府に堂々と入っていく。おどろおどろしい死者たちの間を抜け、遂に冥府の玉座にたどりつく。オルフェウスが来るのを、冥府の王ハデスと女王ペルセポネは玉座で静かに待っている。

(冥府の王ハデス、威厳のある荘重な声)
ハデス:「よく来たな、人の子よ」

オルフェウス:「冥府の王ハデスよ。僕があなたに会いに来たのは・・・・・」

ハデス:「おまえの求めはわかっている。エウリディケを返して欲しいのであろう」

オルフェウス:「それでは・・・・・!?」

ハデス:「返すとは言っておらぬ。死者を冥府から出すことはまかりならん。死者を独占する権利は、神々の会議で、わしに認められた権利である。何者をも干渉させぬ。たとえ大神ゼウスであってもな」

ナレーター:みかねて冥府の女王ペルセポネが割って入る。

ペルセポネ:「あなたは、そんなことをおっしゃいますが、死者を慕う者の気持ちをお考えになったことがありますか。その昔、わたくしはあなたに地上からさらわれて妻になりました。今ではわたくしはもうあきらめています。でも地上に残されたわたくしの母は、今でもわたくしの帰りを待っています。そのひたむきな気持ちが少しでもおわかりでしょうか、我が夫よ」

(ハデス、うってかわって優しい感じで)
ハデス:「愛しいペルセポネよ、そのことはもう言わないでおくれ。済んだ話ではないか」

ペルセポネ:「済んだ話などではありません。せめてこの若者のひたむきな思いに免じて機会を与えてやっては下さいませんか」

ハデス:「そうか。ペルセポネ、おまえがそう言うなら仕方あるまい・・・・・。ではオルフェウスよ、おまえの竪琴の技でわしの心を動かしてみよ。それができたら特別にエウリディケを返してやろう。さあおまえの腕を存分にふるうがよい」

ナレーター:オルフェウスは竪琴を手に取り哀愁に満ちた調べにのせて歌い始める。

オルフェウス:「それは春。ひばりのつがいが高く高く天にのぼり、ともに仲良く喜びの歌をさえずる。雄のひばりは言う。さあ心ゆくまでともに歌おう。季節は今こそ春。おまえとともに歌うだけで喜びが溢れ出してゆく。雌のひばりは言う。ええ、あなた、ともに歌いましょう。私たちの喜びを天まで伝えましょう。私たちこそ喜びそのものなのですから。春が過ぎ夏が来る。ひばりのつがいは餌を啄ばみ、羽を繕いあい、飽きもせずに歌う。雄のひばりは言う。ねえ、おまえ、ずっと歌っていて飽きはしないだろうか。雌のひばりは答える。いいえ、飽きはしませんわ。こうしてあなたと歌っているだけで幸せなのですから。夏の次は秋。ひばりのつがいは冬支度、それでもまだ歌う。つがいは秋の青空に舞い、過ぎ行く季節を惜しんで歌う。雄のひばりが言う。こうしておまえとずっと巡りゆく季節を眺めていたいものだ。いつかは別れがくるという苦い気持ちと、このままでずっといたいという甘い気持ちと。私の心はかき乱される。でも今はおまえとともにただこうして歌っていよう。雌のひばりは歌う。愛しいあなたよ、そんな悲しいことを言わないで下さい。私はあなたとずっと一緒です。いつまでもいつまでも。だからそんな悲しいことは忘れて一緒に歌いましょう。そして冬将軍がやってくる。ある晴れた日。とてもとても寒く、天がどこまでもどこまでも澄み切っている日。真っ白な雪の上に雌のひばり。天のように澄み切った目をして冷たくなっている。雄のひばりが雌のひばりを温めようと寄り添う。でも雌のひばりはことりとも動かない。雄のひばりは叫ぶ。ずっと一緒だと言ったのに、なぜおまえはいってしまったのか。ああ、もう喜びは生まれない。おまえがいないのにどうして歌うことができようか。おまえは私の喜びそのものだったのだから。雄のひばりはそう言って息絶えた。雪がただ優しくつがいのむくろを覆っていくだけ」

ナレーター:オルフェウスが高らかに歌い上げるその声に、ついにハデスは涙を流しだす。そしてハデスは、竪琴を弾くのを止めるようにオルフェウスを手で制し厳かに言う。

ハデス:「よかろう。約束通りエウリディケを返してやろう。ただし冥府から抜け出し、地上に完全に
出てしまうまで、一度たりとも後ろを返ったり、話かけたりしてはならぬ」

ナレーター:喜び勇むオルフェウス。ペルセポネはオルフェウスの手にしっかとエウリディケの手を握ら
せる。

ペルセポネ:「さあおゆきなさい。地上に出るまでくれぐれも後ろを振り返らないように。わかりましたね、オルフェウス」

オルフェウス:「ご親切にありがとう、冥府の女王よ。ご厚意は決して無駄にはしません。エウリディケ
の手を絶対に離しはいたしません」

(ナレーター、後半部、だんだん口調を速く) 
ナレーター:オルフェウスはエウリディケの手を引き、足取りも軽く冥府を後にする。ようやく目を覚ましたケルベロスが、「なんて野郎だ」と呟きつつ二人の姿を眺めやる。二人は闇の中の一筋の光のように地上めがけて一心に駆けてゆく。荒原を疾駆する狼のように速く、大空を切り裂く隼のように速く。忘却の河で待つカローンは二人を黙って通す。地上目がけてあと少し。二人は駆ける。速く、もっと速く。オルフェウスははるか先の地上の光をとらえる。あともう少し。

オルフェウス:「光だ。エウリディケ、光だ。君の目にも見えるだろ?エウリディケ?」

ナレーター:オルフェウスが後ろを振り向いた瞬間、声にならない悲鳴をあげ、冥府の闇へとあっという
間に引き戻されるエウリディケの姿。オルフェウス、必死に追いかける。でも追いつけない。すぐにエウ
リディケを見失う。そうしているうちに忘却の河まで引き返す。忘却の河のほとりに静かにカローンが立
っている。

(カローン、嘲るように)
カローン:「愚かな人間よ。絶対に振り返ったり話かけたりするなと言われたはずであろう。機会は二度とは与えられない。一度として与えられることも稀なのだ」

オルフェウス:「お願いです。僕をまた冥府へ行かせて下さい」 

カローン:「今度はもう駄目だ。おまえの竪琴ももう効き目は無い。なぜなら今の乱れたおまえの心では、我が心をうつことなどできぬから。あきらめて帰れ。そして自らの愚かさを一生悔いるがよい」

ナレーター:オルフェウスの竪琴の弦は切れている。エウリディケを追って走っている時に切れたよう。オルフェウスはうなだれて冥府の入り口まで辿り着く。するとそこにはケイローンが待っている。ケイローンはオルフェウスの様子を一目見て声をかける。

ケイローン:「これからは過ぎ去った美しい日々を思い出しながら歌うとよいだろう。もうおぬしには良き思い出しか残されてはいないのだから」

オルフェウス:「賢者ケイローンよ、僕はもう二度と歌おうとは思いません。心が悲しみで張り裂けようとしているのにどうして歌うことができましょうか。死が冥府へ、エウリディケのいる冥府へ、僕を運んでくれるまでただ待つだけです」

(ナレーター、最後はゆっくりと)
ナレーター:オルフェウスはそう言ってケイローンの前から姿を消す。オルフェウスはその後、各地をさまよい歩く。トラキア地方まで来た時、ちょうどデュオニソス祭の真っ最中。そこの女たちに竪琴を弾くようにオルフェウスは頼まれるが、完全にそれを無視する。怒った女たちによりオルフェウスは八つ裂きにされ、異郷の地で生涯を終える。それを見た大神ゼウスは哀れみを覚え、オルフェウスの身体と竪琴を天上に昇らせ、夜空を照らし出す「こと座」として復活させる。天上で甦ったオルフェウスは、時折地上に降りては、エウリディケの姿を探してさまよい歩いているという。