最高裁長官ジョン・マーシャル


ジョン・マーシャルの経歴については、ジョン・アダムズの項、副大統領/閣僚/最高裁長官、国務長官ジョン・マーシャルを参照せよ。前政権からマーシャルは引き続き在職した。
 マーシャルは、1831年のチェロキー領地対ジョージア州、1832年のウスター対ジョージア事件で、ジョージア州はチェロキー族の領域内で全く法的権限を有しないという判決をマーシャルは下した。またマーシャルは、「国内の従属国家」であるネイティヴ・アメリカン領地との条約は「最高の国内法」として遵守しなければならないと主張した。
 しかし、この判決を以ってしても、かねてよりチェロキー族の領域を侵害していたジョージア州を止めることはできなかった。結局、チェロキー族は移住を強制されることになった。この事件は、最高裁が何らかの判決を下しても、政権の支持が無ければ、それを州に遵守させることが難しいという問題を浮き彫りにした。1835年、マーシャルは在職のまま腎臓疾患が原因で亡くなった。

アンドリュー・ジャクソン大統領歴代アメリカ合衆国大統領研究