リンカン大統領の暗殺

 1865414日、リンカンは夫人や友人達と共にフォード劇場で観劇中にジョン・ブース(John Wilkes Booth)によって背後から頭部左側を銃撃され意識が戻らぬまま、翌朝722分、亡くなった。ブースは「暴君の最後は常にかくのごとし」と叫んで逃亡した。この事件が起きたのは南北戦争が終結して6日後であった。ブースは南部連合の支持者であり、南北戦争が起きた原因はリンカンにあると考えていた。最初、ブースはリンカンを誘拐して捕虜収容所に収監されている南部連合の兵士と交換する予定であったが、南北戦争の終結を知って計画を暗殺に切り替えた。411日、ブースは、ホワイト・ハウスに集まった群衆に向けてリンカンが投票権をアメリカ系アメリカ人に与えなければならないと演説するのを聴いたいたという。ブースとその一味は、リンカンだけではなく副大統領のジョンソンと国務長官のスーアードも殺害する予定であった。行政府の混乱によって南部連合が復活する引き金となることをブース達は期待した。スーアードは襲撃を受け、首と顔に傷を負った。その一方でジョンソンを襲撃する予定だった暗殺者は襲撃を実行に移さずに逃亡した。426日、ワシントン近郊の納屋に潜んでいるところを発見されブースは銃殺された。ブースの共謀者は逮捕され軍法裁判にかけられた。18657月、有罪を宣告された中で4人が絞首刑に処せられた。
アメリカ大統領の初歩的Q&A歴代アメリカ合衆国大統領研究