マッキンリー大統領の暗殺

 190196日、マッキンリーはバッファローで開かれたパン・アメリカン博覧会を訪問中に無政府主義者の銃撃を受けた。公式の歓迎会で大統領に挨拶する列に並んでいたレオン・チョルゴシュ(Leon Czolgosz)は手を差し伸べようとした大統領の腹部に向けて2回発砲した。チョルゴシュの銃はハンカチに包まれた手の下に隠されていた。警護の者は特に何の不審も抱かなかった。1発の銃弾は胃を貫通していた。ガーフィールドは近くの病院に運び込まれたが、医師は残る銃弾を発見できず、腹腔内を洗浄して縫合するだけにとどめた。大統領は8日間生存したが、914日に壊疽によって亡くなった。検死によっても銃弾は発見されなかった。ガーフィールドが亡くなった時、副大統領のセオドア・ローズヴェルトがアディロンダック山脈に出掛けていたためにすぐに大統領職を引き継ぐことができず、13時間、大統領職が空席になった。
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