学生時代


カレッジ・オヴ・ニュー・ジャージー
 1762年、マディソンはドナルド・ロバートソンの寄宿学校に通い始めた。そこで国語、ラテン語、ギリシア語、算数、代数、地理、フランス語を学ぶ。近傍のブリック教会のトマス・マーティン牧師から家庭で個人指導を受けた。
1769年、カレッジ・オヴ・ニュー・ジャージー(現プリンストン大学)に入学する。カレッジでギリシア文学、ラテン文学、科学、道徳哲学、修辞学、論理学、数学を学んだ。そして、1771年9月29日、カレッジ・オヴ・ニュー・ジャージーから学位を得る。その後も学長のジョン・ウィザースプーンの指導の下、勉強を続けた。こうした勉学を通じてマディソンは、ジョン・ロック、ニュートン、スウィフト、デイヴィッド・ヒューム、ヴォルテールなどの思想に親しんだ。

帰郷
 1772年4月、モンペリエに帰る。不安定な健康状態で政治学と法律学に親しむ。マディソンが最も楽しんだのはロマンス劇の批評や詩であり、法律学を時に「粗野で無味乾燥な学問」と呼んでいる。しかし、法律学は「酸っぱい果実ではあるがきっと実を結ぶ」と考えてマディソンは勉学を続けたのである。また「勤勉な男が庭に花以外には何も植えなかったり、ケーキや砂糖菓子以外に何も食べないと決めたりすることは非常に不適切である。同じく、学生や仕事をしている人が、道楽の本ばかりを蔵書にして、そうした甘美なものだけで精神を涵養しようとすることは馬鹿げている」と言って自分を戒めている。
 1774年5月から6月にかけてマディソンはペンシルヴェニアとニュー・ヨークを訪問している。まさにその頃は、ボストン茶会事件以後、イギリスの抑圧に対抗しようという機運が各植民地でさらに高まった時期であった

ジェームズ・マディソン大統領歴代アメリカ合衆国大統領研究