独立宣言の経緯に関して回答した手紙(1822年8月6日付)
「小委員会が召集されました。ジェファソンは私が草稿を作成するように提案しました。私は、『私はできません』と言いました。『あなたがそれをすべきです』。『まいりましたね』。『なぜあなたではだめなのですか。あなたがすべきでしょう』。『私はできません』。『どうして』。『理由は十分あります』。『あなたの理由とは何ですか』。『1つ目の理由、あなたはヴァージニア人であり、ヴァージニアがこの仕事の先頭に立つべきでしょう。2つ目の理由は、私は受けが良くないので、人気がないかもしれない。あなたはまったくそうではない。3つ目の理由は、あなたは私よりも十倍は上手に書くことができる』。『そうですか。もしあなたがそう決めるのであれば、私はできる限りのことをします』とジェファソンは言った。『結構です。草稿を仕上げたら、また会合を行ないましょう』。したがって我々は会合を行い、草稿を精読しました。私は、草稿に満載された高邁な文体と火花が散るような雄弁、特に黒人奴隷制に関するところに満足しました。私は南部の同胞が奴隷制に関するところを大陸会議で通そうとは決してしないことが分かっていましたが、強く反対はしませんでした。もし私が草稿を作成したのであれば、挿入しなかったであろう表現が他にもありました。特に国王を暴君と呼んだ部分です。それは非常に個人的なものだと思いました。というのは、私はジョージがその性質と本質において暴君であるとは決して思えなかったからです。彼は公的な立場において非情であるだけで、大西洋の両岸で彼の廷臣によって騙されていると私はずっと信じていました。荘重で厳粛な文書にとって、そうした表現は、過度に情熱的で、やや叱責が過ぎるのではないかと思いました。しかし、直後にフランクリンとシャーマンがそれを吟味した時に、削除をするのは私[の役割]ではないと思いました。私はそれを報告することに同意しましたが、まったく変更をしなかったかどうかは今、思い出すことはできません。我々はそれを5人委員会に報告しました。それは読み上げられましたが、フランクリンかシャーマンが何か批判をしたかどうかは思い出せません。我々はみな急いでいました。大陸会議が待ちきれない様子だったので、私が思うに、ジェファソンが最初に書いたままの手稿が提出されたように思います。大陸会議は、私が予期したようにその約4分の1を削除しました。彼らは最善の箇所をいくつか抹消しましたが、もし残っていれば反対を受けそうな部分はすべて残しました。草稿がなぜ公表されないか私は長い間、疑問に思ってきました。おそらくその理由は、黒人奴隷制に関する箇所への激しい攻撃でしょう」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果