植民地議会解散を伝える手紙(1774年6月10日付)
「この出来事の後日、植民地議会の元議員達はローレー亭に集まって、抗議運動を行う連盟に加わりました。それに伴って、2日後、我々の同邦における諸会合の見解を添えたボストンから北部への急報により、同封の文書で言及したような推移がその結果起きて、8月1日にこの町[ウィリアムズバーグ]で元議員達をすべて集める会議を望まれるのであれば開催することになりました。その会議においては、我々の請願と抗議に与えられなかった正義を得るための積極的な方策が採用されるでしょう。要するに、イギリス内閣は正義をあてにしているのかもしれませんが、アメリカ人は彼ら自身の同意なくして決して課税されませんし、ボストンの大義、それに関する横暴な手段というのはアメリカの大義と考えられるでしょうし(茶を破棄した彼らの行いを我々は認められないが)、そして、神のみが我々がどうなるかをご存知ですが、我々は少しずつでも我々自身を犠牲にするつもりはなく、我々に現時点で差し迫った脅威と同じく、我々に付きまとう多くの悪しき存在の脅威にさらされるつもりはありません。残虐で血に飢えた敵、インディアンが我々の背後にいますが、彼らとフロンティアの住民の間で小競り合いが起きています。彼らとの全面戦争は、避けられません。一方で、我々が彼らの襲撃からの保護を求める権利を持つ者[イギリス内閣]は、あらゆる手段で我々に奴隷のくびきを嵌めるための圧制を行おうとしています」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果