マディソンの議事録 (1787年6月6日)
「マディソン氏は、人民が直接、立法府の少なくとも1部門を選ぶことは、自由政府の明確な原理であり、適切な規定の下でのこうした形態は、連邦政府の中で代表が過度に邦政府の代理人になることを避けられるだけではなく、より良い代表を確保できるというさらなる利点が持っていると考える。彼は、統一国家的政府に必要とされる主要なものすべてに対する反論を考察する際に、コネティカット代表(シャーマン氏)とは意見が違う。そうした反論は、確かに重要で必要な反論であるが、彼はそうした反論を、個人の諸権利の保障と安定した公正の分与をより効果的に行なう必要性と結び付けて考える。それらへの妨害は、おそらく他の何よりも、この会議を開催させることになった悪弊である。[中略]。すべての市民社会は、異なった党派、派閥、そして利害に分かれる。つまり、それらは、豊かな者と貧しい者、債権者と債務者、地主、製造業者、商業的利害、ある地方の住民と別の地方の住民、ある政治的指導者の支持者と別の政治的指導者の支持者、ある宗派の信者と別の宗派の信者などの間で構成される。大多数が共通の利益、もしくは感情で結び付いているあらゆる場合において、少数者の諸権利は危険にさらされる。大多数を抑制する動機は何であろうか。実直であることが最善の方策であるという格言に心を留める良識は、経験的に、群集によってほとんど見出されることはなく、個々人によって見出される。個性の尊重は、非難や賞賛が分かれる間では数に比例して常に減じる。唯一残った絆である良心は、個々人にとっても無力なものであるが、大多数にとっては良心から期待できるものはほとんどない。さらに、信仰それ自体も、迫害や抑圧の動機となるかもしれない。このような考察は、古今東西の歴史で証明されている。[中略]。どうしてアメリカは議会の不正を的確に理解することができるのか。なぜならイギリスは、現実的であれ想定的であれ、我々とはかけ離れた利害を持っていて、もし権威が認められなければ、我々を犠牲にしてでもその利益を追求できたからである。最も啓蒙された時代に我々は、単なる人種の違いが、人間が人間に対してかつて行なってきた中でも最も抑圧的な支配の根拠とされてきたのを知っている。我々自身の間で訴えられてきたこうした不公正な法律の源は何か。大多数の現実的、または想定的な利害ではなかったのだろうか。債務者は債権者を騙そうとしてきた。地主の利害は商人の利害に重くのしかかってきた。ある種の財産を持つ者は、別の種の財産を持つ者に対して課税の不均衡を押し付けてきた。我々が全体から引き出せる教訓は、共通の感情で結び付いた大多数が機会を握れば、少数者の諸権利は保障され得ないということである。共和政治において、もし大多数が結び付けば常に機会を握ることになる。唯一の救済策は、階級を広げることであり、そうすることで社会を非常に多くの利害と党派に分けることである。そうすれば、まず大多数が、全体、もしくは少数者からかけ離れた共通の利害を同時に持つ可能性はないだろうし、さらに彼らがそうした利害を持たない場合でも、それを追求しようとして団結する傾向を示すことはないだろう。こうした救済策を試し、こうした観点の下で、今まで経験されてきたすべての悪弊を抑制できるような基準と形態で共和制を形成することが我々に課された責務である。[中略]。マディソン氏は[ジェームズ・ウィルソンの]動機に賛成する。世襲の首長にともなうような多くの財産や国益を裏切るような個人的な利益、そして、他の市民の中でも際立った注目を1人の市民に与えないようにしている共和政治の性質からすれば、執政官[大統領]に自分自身を守る能力を与えることは難しいと彼は考察する。共和制においては、個人の功績のみが政治的昇進の根拠であるが、功績がすべての人に黙認されるほど顕著な場合はあまりないだろう。執政官は、落胆した競合者から嫉まれ攻撃されるだろう。それ故、彼の地位を守るためには支持が必要である。彼はその地位から大きな報酬を得ていないし、外国の買収から彼を遠ざけておくような公益に対する恒久的な利害関係もない。それ故、支持されるだけではなく、制御されることで彼は困惑するだろう。[立法府に対する]審査権限を判事と共有することで、利点は倍増し、[立法府による権力簒奪の]危険性は減じるだろう。立法府の権力侵害に対して司法府はその身をより良く守ることができるだろう。[中略]。つまり、審査権限の目的は、立法府の他の部門に対する権力侵害、または一般人民の諸権利に対する侵害を抑制することであり、立法府が原理において賢明ではないか、形式において正しくない法律を定めることを抑制することである。司法府と行政府の叡智と影響力を併せる効用は明白であろう」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果