『フェデラリスト』44篇「必要かつ適当条項など」(1788年1月25日)
「新制度の下で委任された権限は、いっそう広汎なものであるので、これを行使する政府は、何もしないで公益を裏切るか、それとも、必要不可欠で適切であるが明文で与えられていない権限を行使することによって憲法を侵すか、の二者択一に当面し、いっそうの困難を感ずるにちがいない。もし、憲法会議が他の権限を有効なものとするため、必要にして適当な権限の肯定的列挙を試みたとすれば、その試みは、憲法に関係するすべての対象についての完全な法律上の摘要をつくる作業に巻き込まれ、しかもそれは、現在の事情についてだけではなく、将来生ずるかもしれない変化のすべてに適合するものでなければならない。なぜなら、一般的権限を新しく適用するすべての場台、一般的権限の目的を達成する手段である特定権限は、その目的とともに必然的に変化しなければならないし、目的はそのままであっても適当に変化しなければならないこともしばしばであるからである。もし憲法会議が、一般的権限を執行するうえで不必要であるか不適当な特定権限とか特定手段とかを列挙しようと試みたとすれぱ、この仕事もまた同じくばかげたことであって、列挙されくいないすべての権限は、肯定的に与えられたことに等しいといういっそうの反対を受けることになるだろう。もしこうした結果を避けるため、例外事項の部分的列挙な試みたり、あるいは、不必要ないし不適当という一般的語句でのべることを試みたとしても、わずかの例外的権限だけを列挙することになるにちがいないし、その列挙も、当然、最も不必要なものか、最も不適当なものだけを選ぶにちがいないから、最も規定できそうもないか、最も我慢できそうにないものとなりそうである。また、その他の中に含まれる不必要にして不適当な権限は、部分的列挙がなされない場合よりも例外的で、いっそう強制できないようなものであるだろう。[中略]。もし連邦議会が、憲法のこの部分を誤って解釈し、その正しい恵昧によっては保障されていない権限を行使した場合、その結果はどのようなものであろうか、と質間されるならば、私は次のように答える。すなわち、連邦議会に与たられた他の権限の誤解あるいは拡大解釈の場合とか、一般的権限がいろいろな特定権限に分かたれ、その特定権限のどれか一つが侵害された場合と同じ結果であり、要するに、州議会がそのよって立つ州憲法の権威を侵害する場合と同じ結果であると答える。まず第一に、連続的な権力纂奪は、立法部の決議を解釈し、効力を与える行政部と司法部の出方にかかっているだろうし、最終的には、権力纂奪者たちの毎年の立法行為に対する救済は、いっそう忠実な議員を選出することのできる人民から得なければならないということである(齋藤眞・武則忠見訳)」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果