『フェデラリスト』45篇「連邦権限が州権に危険でない理由」 (1788年1月26日)
「公共善、すなわち、人民全の真の福祉こそが、追求すべき最高の目的であること、およそ政府府の形態というものは、この目的達成に適当であること以外には価値をもたないことをわれわれが忘れてしまった、とでも政治家が想像しているのであれば、それはあまりにも早計である。もし、憲法会議の案が公共の幸福に反するのならば、私はこの案を拒否せよと叫ぶだろう。もし連邦それ自体が人民の幸福に一致しないのならば、私は連邦な廃止せよと叫ぶだろう。同じように、州主権が人民の幸福に一致しないのならば、あらゆる善良な市民の声は、人民の幸福のため州主権を犠牲にせよというにちがいない。[中略]。われわれは、古代ならびに近代のあらゆる連邦制の例から、連邦権力をもつ中央政府を破壊しようとし、連邦そのものをも裏切る強力な傾向が、連邦構成邦の中でつねに作用し、しかも、連邦政府は、この侵害に対して連邦を守るうえできわめて効果のない能力しかもっていないことをすでに知っている。[中略]。州政府と連邦政府とを、相相互依存関係の点や、両政府がもつ各個人に与える影響力の点、両政府にそれぞれ与えられる権限の点、人民がどちらに愛着を傾け、どちらを支持する可能性があるかという点、ならびに、両政府の政策に対して相互に抵抗し合ったり打破し合ったりする傾向と能力の点について比較すると、州政府のほうが連邦政府よりも有利な立場にある。州政府は、連邦政府の構成分子であって必要不可欠の部分とみなされるだろうが、他方、州政府の運用および組織にとっては、連邦政府は何ら必要不可欠のものではない。州立法部の仲介なくしては、合衆国大統領はまったく選出されえない。大統領が任命を行うすべての場合に、州立法部は大きく参与するにちがいなく、その多くの場合に、おそらく州立法部の意思が大統領の任命を决定するだろう。というのは、[連邦]上院議員は、絶対的かつ独占的に州立法部によって選出されるからである。人民から直接選出される[連邦]下院でさえも、州立法部選挙において人民からの支持を得る点で大きい影響力をもつ人びとの、非常に大きい影響の下で選出されるだろう。このように、連邦政府の主要な各部門はいずれも、多かれ少なかれ州政府の好意によって存在できるのであり、したがって、州政府に依存しているという気持ちをもたざるをえないのであって、州政府に対する圧迫的傾向がすぎるというよりは、むしろ、州政府に追従的になりすぎる傾向を生じやすいのである。提案されている憲法により、連邦政府に委託された権限は、数も少なく明確である。州政府に残される権限は、多数であって確定されにくいものである。連邦政府の権限は、主として戦争、講和、対外交渉、外国貿易といった対外的目的に行使され、[連邦]課税権のほとんども外国貿易に関連している。各州に保留される権限は、通常状態においては、人民の生命、自由、財産ならびに州内の秩序、開発、繁栄に関するありとあらゆる目的に拡大するものである。[中略]。もし新憲法が、正確かつ公平に検討されるならば、その提案している[連合規約の]変更というものは、連邦に新しい権限を付け加えることにさほどの重要性はなく、連邦本来の権限に活力を与えることにあることが見いだされるだろう。事実、通商規制は新しい権限であるが、これはほとんど反対されていない権限の追加であり、このことからは何の危険もない。戦争と講和、陸軍と海軍、条約と財政に関する権限は、他の重要な権限とともに連合約によってすべて現在の連合会議に与えられている。提案されている変更は、これらの権限を拡張するものではなく、ただこれらの権限な運用するうえでいっそう効果的な形に代えるだけなのである。課税に関する変吏は最も重要なものと見られるかもしれないが、この点でも将来の連邦議会が、共同防衛と一般的福祉のための金銭の供出を各市民に要求しなければならないのと同じように、現在の連合会議は、その金銭を諸州に対して無制限に要求する完全な権限をもっているのであるし、連邦議会が各市民に要求する場合も、各州がこれまで州に割り当てられた額を各市民に課税してきていた額以上の負担を、各市民が負わされることはない(齋藤眞・武則忠見訳)」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果