『フェデラリスト』55篇「下院議員総数の適否」 (1788年2月13日)
「決定すべき本当の問題とは、暫定的規定として議員数の少ないことが、公衆の自由にとって危険であるかどうかということ、すなわち、数年間は六五名、その後の数年間は一〇〇名ないし二〇〇名の議員では、権限が制限され、十分用心されている合衆国立法権を委託するうえで安全な受託者でありえないのか、ということである。[中略]。アメリカ人民の現在の気侍ちにおいても、あるいは、急激に起こりうるいかなる状況の変化おいても、専制支配ないし反逆計画をつくったり、その計画を推進しようとする傾向をもつ六五名ないし一〇〇名の人物をアメリカ人民が選挙し、二年ごとにそのような選択を繰り返すものとは、私には考えられないのである。また、諸州議会は、まちがいなく、連邦議会を監視しようとする多くの動機をいだくものであるし、連邦議会に対抗する多くの手段をもっているので、諸州議会の共通の選挙民[アメリカ人民]の自由に反する連邦議会の陰謀を、摘発し打破しないとは私には考えられないのである。また、現在ならびに近い将来の合衆国において、人民全体の選択に自ら立候補できるような六五名ないし一〇〇名の人びとが、たった二年という短い期間内で、彼らに与えられた重大な信頼を裏切ろうとしたり、また、現実に裏切るとは、私には考えられないのである。わが国の事情や時代の変化、全体の人口増加による変化がどのような結果をもたらすかについては、それをのべたいと思う予言者的精神がなければできるものではなく、私はそういう気持ちをもちあわせてはいない。けれども、われわれのおかれている現在の状況とある適当な期間内に予想される事情から判断して、アメリカの自由は、連邦憲法[案]で提案されている議員数で不安はない、と私は断言せざるをえない(齋藤眞・武則忠見訳)」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果