『フェデラリスト』63篇「上院議員の任期の長さ」 (1788年3月1日)
「選抜された身分の安定した政府構成員がいなくては、すでにのべた諸原因からする不見識で変わりやすい政策によって諸列強の評価を失墜するのみならず、議会は、国際世論に対する感受徃を持ち合わすこともないだろう。この感受性こそ、国際世論の尊敬と信頼を得るためにも、おそらくそれに劣らず、その尊敬と信頼に値するためにも必要なものなのである。[中略]。多数の議員を擁する議院においては、選挙民に直接作用し、他の政策と切り離され、また、身近に感知される作用をするような立法に対してすら、個々の議員が責任をもちつづけることは、とにかく至難の業なのである。この欠陥を適切に匡正するためには、継続的注意を必要とするような[責任]対象に応じうるだけの十分な継続性をもつもうひとつの議院[連邦上院]が、立法部に存在しなければならない。それが存在していれば、一連の方策が、これらの目的達成に対して正当かつ有効に責任をもちうるようになるだろう。[中略]。[上院という]制度が、人民自身にとっても、その一時的過誤や謬見に対するるひとつの防御策として必要なときが往々にしてありうるという点である。住民の冷静で思慮深い感覚が、あらゆる政府において、現に自由政府ではとくにそうなのだが、最後には統治者の見解を支配するはずだから、問題が紛糾した特殊な時期には、人民は何らかの異常な衝動に駆られたり、何か不法な利益に刺激されたり、または、利害関係のある人びとの政略的虚説に迷わされたりしても、後になると大いに後悔し、責任を問う手段に訴えようとするものである。このような危機に際して、理性、正義および真埋が再び公衆の心中にその力を取り戻すまでの間、誤った方向を匡正し、人民による人民自身に対する打撃を抑制するため、思慮深く尊敬に値する市民によって構成された議院が介在することは、いかに有益なことであるだろうか。[中略]。人民はけっして故意に自已の利益を裏切ることはないが、人民の代表によって人民の利益が裏切られることはありうるし、全立法権が一院の人びとの掌中に委ねられている場合には、あらゆる法律が別の異なる議院の同意を必要とする場合よりも、その危険は明らかにいっそう大きい(齋藤眞・武則忠見訳)」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果