次弟ジョンに宛てた手紙(1775年7月27日付)
「私はここ[ケンブリッジ]に様々な人々が、ほとんど規律も秩序も統制もなくいるのを見ました。敵軍が、チャールズ・タウン・ネックCharles Town Neckのバンカー・ヒルBunker Hillと呼ばれる場所に陣取って塹壕を巡らし要塞化しているのを見ました。我が軍の一部は、バンカー・ヒルの敵軍から1と4分の1マイル離れた2つの丘(ウィンターWinterという丘と見晴らしの良い丘)は不安定な状態でいることが分かりました。その他の部隊はこの村[ケンブリッジ]にいます。またロックすベリーRoxburyにいる部隊がボストンの出入りを固めています。ここに来てから私の時間はすべて、まず我が軍を敵のいかなる攻撃からも守るために、そして、敵軍と地方の交通をすべて遮断するために3ヶ所に分かれた防衛線を急ごしらえすることに費やされました。そうすることで、彼らが地方に戦禍を広げることを阻止し、もし彼らがそうするなら彼らを妨害することが私に思いつくことのすべてです。もしこれが功を奏すれば、イギリス政府の計画を完全に覆せるでしょうし、ボストンの町と港湾にいるイギリス全軍は、不名誉を被るか、もしくは費用の重みに耐えかねる他に何の目的も達成できないでしょう。イギリスの兵力は、海兵隊、王党派など、私が得られる限りの最善の情報から算出すると、約1万2000人です。我が軍の兵力は、病人、欠勤などを含めて約1万6000人です。しかし、我々は8から9マイルの半円[状の区域]を守らなければなりません。そのどの部分に対しても等しく気を配らなければなりません。その一方で敵軍はその半円[状の区域]の中心に駐留し、どこに対しても(制海権を完全に得ているので)同じ力で全兵力を向けることができます。我々の状況は好ましいものではありませんが、(日曜日も例外ではなく)継続的な努力により、私が到着した当初に比べると今はずっと良い防衛態勢を我々はとっています」

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