大陸会議への報告(1776年9月8日付)
「私は我々の状況を包括的かつ完全な観点でとらえるために、そして即座に遂行すべき今後の防衛計画を作成し、敵側でどんな動きの変化が起きても作戦を変更しなくてもすむように作戦会議を招集しました。ロング・アイランドに敵が上陸してくる前、攻撃地点は分かりませんでしたし、彼らの意図に対応するのに十分な判断をすることもできませんでした。[敵が目指していたのは]ロング・アイランドかもしれませんし、ベルゲンBergenかもしれませんし、もしくは直接、ニュー・ヨーク市かもしれなかったのです。そのため、各所で備える必要がありましたし、費やした労力は今では無駄に思えますが、それは後知恵で判断する者からすれば悔やまれることかもしれません。しかし、優れた識別眼を持つ者は、違ったように考えると私は思います。そのような骨折りや備えによって、我々は、地方に対する敵軍の主要な侵攻を実行できなくなるまで敵軍の動きを遅らせただけではなく、我々が確実に防衛できるように、敵軍を一箇所に引き付けておくことで彼らの計画を断念させたのです。諜報から、彼らの動きから、そして他の状況から、彼らの全軍(スタテン・アイランドの約4,000名を除いて)がロング・アイランドに上陸し、我々の背後の拠点をとることで我々をニュー・ヨークの島[マンハッタン島]に閉じ込めるつもりなのは今、明白です。[中略]。我々の側では戦争は防衛的で、拠点[を守るための]戦争War of postsと呼べるでしょう。あるゆる場合に我々は全面交戦を避け、もし我々が決して引き下がれないような必要性に迫られなければ、何も危険を冒すべきではないでしょう。そのような仕組みの基礎となる議論には答えられませんが、経験が同意を与えてくれます。こうした観点から、数と訓練ともに優る敵軍と戦うために未熟な兵士達を開けた戦場に引きずり出すことは馬鹿げていると確信できます。私は鋤や鶴嘴を惜しむようなことはしません。強力な拠点で防衛に備えることはどんな危難の場合でも必ず大きな利点が生じることを私は見逃していました。[中略]。私は、マンハッタン島の北部にあるワシントン山Mount Washingtonとそれに向かい合うニュー・ジャージー側に強力な拠点を築くこと、そして既に支援のために作られた妨害物により水域の防衛が改善されるので、ハドソン川の航行だけではなく、南北の連絡も容易に改善されるという見解を十分に認識しています。 [中略]。私は軍を3つに分けて配置することに結論付けました。5000人を[ニュー・ヨークの]市街の防衛に残し、9000を[北部の]キングスブリッジKingsbridgeに配置しました。拠点を保持するだけではなく、もし敵軍がこちら側に上陸してこようとした場合、ロング・アイランドを東進する敵を攻撃できるようにしました。残りはどちらかを支援できるようにその間に配置しました」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果