大陸会議へのモンマスの戦いに関する報告(1778年7月1日付)
「もし敵軍が、10から12マイル離れたミドルタウンMiddletownの丘陵部に達してしまえば、彼らに何かを仕掛けても成功する見込みがなくなると考えて、彼らが現在地から動く姿勢を見せた時に、彼らの後尾を攻撃することを私は決定しました。私の意図をリー将軍に伝え、攻撃に備えて配置を行い、すぐに戦闘態勢に入れるように絶えず武器を準備しておくように命じました。私が直接指揮する部隊に関してはそのようになされました。朝5時頃、ディキンソン将軍Dickinsonの伝令が、敵の先頭部隊が行軍を開始したと伝えたので、私はすぐに軍を動かし、もし指示に反する重大な理由がないのであれば、軍を動かして敵を攻撃するようにという命令をリー将軍のもとに私の副官の1人に託して送りました。同時に、彼を支援するために私は進軍し、進軍を迅速かつ上手く行うために兵士達の旅嚢と毛布を背負わずに行軍させるようにと彼に知らせました。約5マイル進んだ後で、驚いたことに、また悔しいことに、先行していた部隊がすべて退却してきたのに出くわしました。私が聞いたところ、その退却はリー将軍の命令の下、何も攻撃をせずに行なわれたとのことで、バトラー大佐Butler指揮下の部隊のみが敵の騎兵部隊と銃火を交えて反撃していました。私はすぐに軍の後尾に向かいました。後尾に敵軍が迫っているのを見た私は、勇敢で士気の高い士官達で殿軍を編成するように命じました。さらに熟練の砲兵でそれを支援して敵軍の進軍を阻止し、前は湿地に覆われ後ろはちょっとした森がある高い場所に左翼と第2陣を配置する時間を稼ぎました。左翼を指揮するスターリング卿[ウィリアム・アレグザンダー]が砲兵隊をそこに配置して敵に対して大きな影響を与えました。敵軍に対抗するべく派遣された歩兵隊がそれに続き、ようやく敵軍の進軍を止めることができました。さしあたって、先行部隊を率いたリー将軍の右翼の指揮権はグリーン将軍に与えられました。進軍を迅速にするために、そして我々の右側を覆そうとする試みに対抗するために、私は彼に、イングリッシュ・タウンEnglish Townから2マイルの新しい教会の辺りで分列行進し、モンマス道に入って、一部は裁判所の裏から少し距離をとり、残りの部隊は裁判所に向かってまっすぐ進むように命じました。撤退した者からの情報によると、彼は進軍してとても右側にとても有利な位置を占めました。この時までに敵軍は、我々の左翼を覆そうとする試みが前線で激しい抵抗にあっていることを悟りました。しかし、彼らは派遣された歩兵部隊によって激しい反撃を受け、押し戻されました。彼らは我々の右側に向けて動こうともしましたが、ほとんどうまくいきませんでした。グリーン将軍が[戦場の]一角を確保しようとして砲兵とともに一団の兵士達を進ませ、我々の右側を覆そうとする彼らの目論見を挫くだけではなく、左翼の前にいる者に激しい縦射を浴びせました。これに加えてウェイン将軍が一団の兵士達とともに前進して激しく狙いすまされた砲撃を行ったので、敵軍はすぐに汚名のうちに攻撃を始めた最初の位置に撤退せざるを得ませんでした。この状況では、敵軍の側面は密生した森林と湿地に守られている一方で、彼らの正面に近付くためには狭い場所を通るしかありません。それでも私は彼らを攻撃することに決め、そのためにプア将軍の部隊とカロライナ旅団Carolina Brigadeに彼らの右側で動き回るように命じ、ウッドフォード将軍には左側で動き回るように命じ、そして砲兵に正面で彼らを苛立たせるように仕向けました。しかし、彼らが進む道に仕掛けられた妨害工作によって、暗くなる前に射程範囲内に進むことができませんでした。彼らは翌朝に攻撃を開始するつもりで、夜の間中、占拠するように命じられた一角に留まりました。そして、残りの部隊はいつでも彼らを支援できるように臨戦命令のまま武器を装備したままでいました。その間を利用して敵軍は負傷者を移動させ、夜12時頃、近くにいたプア将軍に気付かれないように静かに知られることになく撤退を行いました」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果