将才

 将軍としてワシントンは大局的な戦略眼を持っていた。将軍には大まかに3つの資質がある。1つは局所的な戦闘、つまり目に見える範囲で兵士達を動かす才能、すなわち戦闘家(Tactician)の才能である。もう1つは、地域的な戦闘、つまり目に見える範囲を超えて地図上で有効に部隊を配置できる才能、すなわち作戦家(Campaigner)の才能である。最後は、戦争目的に従って戦略を立案できる才能、すなわち戦略家(Strategist)の才能である。それぞれの役割をたとえれば、戦闘家は現場を統括する人、店長やチーフ、係長といった役割に相当するだろう。作戦家はエリア・マネージャーや部長といった役割に相当するだろう。そして、戦略家は経営者に相当するだろう。それぞれの役割で求められる資質が異なることは言うまでもない。だから優れた店長が優れたエリア・マネージャーになるとは限らないし、優れた部長が優れた経営者になるとは限らないのである。
 局所的な戦闘で兵士達を指揮する才能にワシントンは恵まれていたとは言えない。しばしば戦場でワシントンは総司令官として落ち着いて指揮することができず、自ら馬に乗って剣を振るった。兵士達はワシントンの叱咤に必ずしも応えたとは言えないし、モンマスの戦いのように明確な命令を出さなかったために混乱を招くこともあった。それにワシントンは戦場の地形に十分に注意を払ったとは言い難い。しばしばそれが個々の戦闘で致命的な結果をもたらした。現場の指揮官としてワシントンは必ずしも優れていたとは言えない。しかし、ワシントンは主に2つ目の才能と3つ目の才能に秀でていた。部隊を広い範囲で戦略上、有利な地点に配置することができた。それに局所的な戦闘に敗北しようと、戦争目的を果たすことで最終的に戦争に勝利すればよいのである。戦略は一つひとつは比較的単純な法則の積み重ねによって成り立っている。重要な資質はそれらの法則を常に忘れないようにして、局所的な視野にとらわれず大局な視野で正しい状況にそれらを当てはめる判断力であり戦争目的の達成のために将軍は、国家の政策目標を実現するために戦争の様々な局面で軍事的手段を考案する。ワシントンはアメリカ各地で行われる戦闘のすべてを完全に主導したわけではないが、各方面で何が起きたかを認識して指揮官に指示を与え、資源や情報を配分することに全力を尽くして国家全体の政策目標を実現しようとした。だからこそワシントンは総司令官としてまさに相応しい資質を備えていたと言える。
 普通、将軍は3つの素質に応じて3つの役目が決まる。局所的な戦闘で兵士達を動かす才能を持つ将軍は小部隊の隊長を務める。地域的な戦闘に秀でている将軍は1つのまとまった部隊、あるいは幾つかの部隊を指揮する司令官となる。そして、戦争目的にしたがって戦略を立案できる将軍は総司令官となる。普通はそれぞれの才能に応じてそれぞれの役目が割り当てられる。しかし、ワシントンは独立戦争で3つの役目をすべてこなした。アメリカ軍全体の戦略を考えながら、大陸軍本隊の指揮を行い、しばしば戦場に身をさらして兵士達を鼓舞した。しかも大陸軍の維持管理まで同時に行っていた。ワシントンと同じく軍人出身で大統領になった人物は他にジャクソン、グラント、アイゼンハワーが挙げられるが、ワシントンと同じく3つの役目を同時に果たしたことはない。1812年戦争で活躍したジャクソンは総司令官になったことはなく、地域的な戦闘を主に担った。グラントは南北戦争で3つの役目すべてを経験したが、同時に経験したわけではない。そして、アイゼンハワーは第2次世界大戦で史上最大の作戦と言われるノルマンディー上陸作戦を行ったが、自ら兵士達を率いてオマハ・ビーチを駆けたわけではない。アメリカ史上で活躍した有名な将軍の中で3つの役目を同時に果たしたのはワシントンくらいである。
 ワシントンは賞罰にも注意を払っていた。ある将軍に「すべての者への賞罰は、依怙贔屓や偏見なく、功績によって与えること、不満を聞き、もしそれが妥当ならば改善すること。もし妥当でなければ、勝手気ままを防ぐために不満を抑えるようにすること」と助言している。それでも将軍達が反目しあうことは珍しいことではなく、それもワシントンの悩みの種であった。また将軍達の任命もワシントンの独断では決定できず、大陸会議の政治的意向を受け入れなければならなかった。そのためしばしば軍事的資質に欠ける人物が士官に任命されることも少なくなかった。完全な人事権を持たずに軍隊を動かすことは非常に困難である。なぜなら自分の手足となって働く部下を持つことができないからである。しかし、ワシントンは自分の手元に置いた副官を最大限活用し、優れた資質を持った者を見出して大陸会議に将軍として推薦した。副官として身近で働いた若者の才能をワシントンは注意深く見極め、一旦、その才能を認めれば全面的な信頼を寄せた。
 ワシントンの副官の中で最も活躍した人物はアレグザンダー・ハミルトンである。ハミルトンは後に財務長官としてワシントン政権を支えることになる。ワシントンは副官達をまるで家族のように愛情を込めて扱った。副官達もワシントンの愛情に固い忠誠心で以って応えた。したがってワシントンは自らの計画と意思を汲み取って実現に移してくれる一級の幕僚を抱えていたことになる。イギリス軍の将軍はそうした優秀な幕僚を持っていなかった。ワシントンと同様の幕僚を持つことができたのは、ナポレオンとワーテルローの戦いでナポレオンを破ったウェリントン公である。

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