ニュー・イングランド諸邦知事への回状(1781年1月5日付)
「1月1日の夜、ペンシルヴェニア連隊の下士官と兵士達によって反抗が引き起こされました。反抗はすべての制止を振り切ってすぐに広がりました。最初にこの騒動を抑えようとした試みの中で、何人かの士官が殺傷され、数人の一般兵の命が失われました。話し合いにも懇願にも彼らを止めようとするすべての士官達の最善の努力にも耳を貸さず、彼らは武器と6門の大砲を携えて野営していたモリスタウンを発ちました。ウェイン将軍の副官から受け取ったばかりの情報によると、彼らは不満の軽減を求め、群れをなしてフィラデルフィアに向かっています。いつどこでこの離脱が止まるかは分かりませんし、どのくらいの広がりを見せるかは神のみぞ知ることです。現時点では、近隣の重要な部署に配置された兵士達は、この不運で危機的な問題を全く知らないためか、平静を保っています。しかし、反乱を起こした兵士達と同じく、彼らも切迫した困難な状態で苦労しているので、彼らがどれくらい平静を保っていられるかは分かりません。[中略]。ほぼ2ヶ月にわたる完全な給与の滞り、過酷な季節における衣服の不足、そして珍しいことではない食糧の不足などから生じている災難の悪化は、筆舌に尽くし難いことです。[中略]。我々が体験しているこのような苦難の下で軍がこれ以上長くまとまっていられると考えるのは全く無駄であり、もし少なくとも3ヶ月分の給与―彼らにとっていくらかの価値あるお金―軍に支払う迅速で積極的な措置が採用されなければ、同時に、これまでよりも衣服を何とかし、(もっと定期的に)食糧を与えるように改善しなければ、我々が陥る中でも最悪の事態が予測されるというのが私の断固たる意見です」

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