アダムズの自伝3
「この冬の最中、壊滅的な隕石のような現象がフィラデルフィアで起きた。トマス・ペインのことである。彼はイギリスからやって来て、話をする仲間のところに行って、我々の問題に関する情報をできる限り駆け回って集め、独立に関して大きな問題があることを発見した。彼はある時、独立の必要性のようなありがちな議論を見たところから情報を拾い集めた。今がまさにうってつけの機会であること。独立の正当性。独立を誘発すること。独立を維持する我々の能力など。ラッシュ氏がその問題について彼に書かせ、大陸会議で百回も呼びかけられてきた議論を彼に提供し、『コモン・センス』の表題を与えた。冬の後半、もしくは早春に彼はパンフレットとともに登場した。独立に賛同する論については非常に気に入っている。しかし、本の3分の1は、旧約聖書に基づいて、君主制がいかに不法であるかを証明するために埋められ、さらに3分の1は諸邦の政治形態を一院制に、そして合衆国には大陸会議を据えるという計画で埋められている。旧約聖書に基づく彼の論は馬鹿げているが、まったくの無知によるものか、または愚かな迷信によるものか、もしくは詭弁的で狡猾な見せかけによるものなのかは分からない。残りの3分の1は、政治形態に関してだが、それは単に無知によりもの、そして、マットラック氏、キャノン氏、そしてヤング氏を頭とするフィラデルフィアの衆愚的な考えを持つ人々を喜ばせたいと思っただけのものだと思う。しかしながら、私は、諸植民地の政府設立に対する大陸会議の指示のみを待ち焦がれている合衆国の人民にこうした馬鹿げた案が推奨されるのを見て残念に思う。このパンフレットが人民に広範な影響を与えることを恐れ、全力を尽くしてその影響に抗しようと決意した。大陸議会での絶え間ない仕事のために何か長いものを書く時間はなかった。しかし、短いパンフレットを書く時間はあった。私はそれをリチャード・ヘンリー・リー氏に見せると、非常に気に入ってくれ、私の許可を得て出版したいと言った。彼は「政府論、ある紳士から彼の友人への手紙」という題名でダンラップ氏にそれを印刷させた。『コモン・センス』は匿名で出版されたので、私も名前を伏せたほうがよいと考えた。しかし、『コモン・センス』が最初に登場した時に、人々がその作者を私かサミュエル・アダムズ氏だと概ね考えていたので、私の名前を出さなかったことを後悔した。[中略]。私のパンフレットが登場した直後にペインは私の下宿を訪れて、一夜をともに過ごした。彼の用向きは私がパンフレットを出版したことを非難することだった。『コモン・センス』で提案した案を損ない、水を差すものではないかと彼は言った。私は、それは本当であり、そのためにパンフレットを書いて出版に同意したと彼に言った。というのは彼の案が私の案と誤解される恐れが十分あったからである。彼の案は、何ら抑制もなく、均衡や対抗を試みる策もなく衆愚的であり、混乱とあらゆる悪弊を生み出すに違いない。さらに私は、旧約聖書からの論理付けは馬鹿げているし、本気だとはまったく思えないと彼に言った。これについて彼は笑って、その部分はミルトンから着想を得たと言った。そして、旧約聖書、実際は聖書の大部分に対する軽蔑を彼があらわにしたので私は驚いた。[中略]。『コモン・センス』の3分の1は、独立問題について直接関連しているが、私が大陸会議で9ヶ月もの間、繰り返し論じてきたことを大雑把にまとめたものを含んで明らかに書かれている。[中略]。このパンフレットが革命の中で非常に重要であったことは一般的な意見である。当時、私はそれを疑わしく思っていたし、今日でも疑わしく思う」

歴代アメリカ合衆国大統領研究/歴代アメリカ大統領研究者の成果