この章では少し変わった形式でオバマのテクニックを紹介しようと思います。題してメモランダム方式です。メモランダムとはアメリカ政府内でさまざまな政策が検討される時に作成された覚書のことです。
 例えば次世代エネルギーとしてクリーン・エネルギーの使用を推進しようと大統領が考えたとします。大統領はスタッフにクリーン・エネルギーについて聞きます。スタッフは大統領の問いに対して簡潔に分かりやすく答えなければなりません。
 まずクリーン・エネルギーを取り巻く概況を述べます。そして、付随する詳細な状況分析を述べ、最後に具体的な提言をします。大統領はメモランダムを読んでどの提言を採用すればよいか考えればよいのです。
 メモランダムは基本的に、対象(memorandum for)、課題(subject)、概況(general information)、詳細な状況分析(detail information)、提言(recommendation)という形式をとっています。あなたに大勢の前で話す時の戦術を五つ、議論する時の戦術を五つ紹介します。あなたにはどんなメモランダムが必要でしょうか。

大勢の前で話す時の五つの戦術

戦術 その一
対象 聴衆を最初からはっとさせたい人
課題 「何かこの人は違う」と聴衆に思わせるには
ポイント 登場感の第一印象と第一声で聴衆の心をつかめるか
状況
 まずは笑顔。とにかく笑顔で颯爽と登場します。もちろん作り笑いなどではなくごく自然な笑顔が好ましい。オバマは左右に口を開いてしっかり笑います。笑顔は聴衆の視覚に訴えます。あなたたち聴衆に会えて嬉しいという気持ちの表れが笑顔です。オバマは会場の人々に惜しみなく笑顔を振りまきます。
 オバマがあるTV番組に登場した時に、音楽にあわせて踊りながら登場したことがあります。
華麗なステップを見せて観衆を沸かせました。
 最後の予備選挙が終わった時に行った演説などは最初の二分間はずっと感謝の言葉で埋め尽くされています。オバマは喜びを家族とスタッフと、そして聴衆と分かち合っています。
 またオレゴン州ポートランドで開かれた集会では、「こんにちは、ポートランド」という第一声に続いて集まった群衆の数に「ワオ!」と3回も驚きの言葉を吐いています。オバマの喜びと感動が素直に伝わってきます。
 今からどんな話が始まるのか聴衆は期待して待っています。オバマは真剣な面持ちで演説を切り出します。切り出し方はとてもシンプルです。
 例えば、「今夜、54の激しい戦いの後に、予備選挙は終わりを迎えました」や「五年前、イラク戦争が始まりました」というふうに今からどんな話が始まるのか聴衆に伝えています。聴衆に心の準備をさせることが必要です。また決まり文句のように「この選挙は私たちの歴史の中で決定的な瞬間となると私は度々言っています」という言葉から演説を始めるという手法も使っています。
 しかし、一方で「私たち人民は、より完全な連邦を形成するために」とアメリカ国民の誰でも知っている合衆国憲法の前文を引用して演説を始め、聴衆の意表を突いたこともありました。話の流れの中で何かを引用することはよくありますが、突然、引用から演説を始めることは珍しい。特に重要な演説ではそうした意表を突く作戦は効果があります。いつもと何か違うぞと聴衆が思うからです。
 オバマはもちろん服装にも配慮しています。オバマは屋内の演壇に立ってフォーマル決める時はダークスーツをきっちり着こなしています。しかし、聴衆との距離が近かったり、聴衆一人一人との触れ合いがあったりする場合はワイシャツにノーネクタイで気さくなイメージを演出しているようです。
 オバマの服装は時に大きな反響を呼んでいます。オバマが昔、ケニアを訪問した際にソマリ族の長老の装束を身に着けた写真が公開されたのです。オバマはイスラム教徒ではないかという疑惑を深める結果になりました。聴衆はまず耳ではなく目から物事を判断します。そのためどのような服装をするかがいかに大切なのかは言うまでもありません。
対応
大勢の前で話すことは緊張するものです。あなたも私も、そして程度の差があるにしても、おそらくオバマも緊張するはずです。そもそも多くの人は大勢の前で話すというシュチュエーションには慣れていないものです。講演活動を職業にしている人や学校の先生でもなければ、そんな機会は早々あるものではありません。学校といえば、義務教育は誰でも受けているはずですから、経験としては学校の教室でクラスメイトの前で発表したことはあるでしょう。話をすることや人前に出ることが苦手な人は、できれば避けたい状況ではないでしょうか。
しかし、スピーカーとしてどうしても、何かを伝えなければならないとしたらどうでしょうか?思い浮かべて欲しいのです。あなたが話を聴く側だとしたら、どのような人であれば話を聴いてもいいと思えるでしょうか?おそらくその判断は、スピーカーが壇上に上がってから、第一声を発するまでのその数秒間のうちになされるのではないでしょうか。つまり、スピーカーの姿勢や態度がその基準になっているのです。しかも初めて、話を聴くスピーカーであれば、この時点でそれ以外の情報はないといってもいいのです。
もし、あなたが登場したこの瞬間から聴衆を引きつけたいのであれば、登壇する前にもう一度、鏡を見ることです。まだ、言葉を発する前にもかかわらず、聴衆の視線は一斉にあなたの態度、姿勢、表情に集中し第一印象を決定する要素を探しているのです。
ふんぞり返ったようにノッシノッシと歩けば、それは威厳がありこれからのスピーチに自信を持っているのだろうと捉えるよりは、人を見下したような、横柄で威圧的な人だと感じられてしまうかもしれません。逆に前かがみで小走りに現れれば神経質であるいは、落ち着きがなく、謙り過ぎたように感じられることでしょう。シャンとした背筋としっかりとした足取りで、意志の強さをアピールしたいものです。そして、重要なことは笑顔である。それは、強さだけではなく、親近感と友好的な安心感を聴衆に与える効果があります。こういった印象が聴衆の心理的な障壁を押し下げ、会場の雰囲気を一気に整え、話を聴く体制にしてしまうのです。「何かこの人は違う」と聴衆が感じる要素になるのです。
もちろん、服装も要素のひとつです。スーツやネクタイは奇抜さでインパクトを狙うよりも、やはり安心感を与える色や柄を選択すべきです。特に、装飾品などの小物にも配慮が必要です。時計、ネックレス、指輪など比較的目に付きやすいものは当然ですが、靴やベルトといった見られる可能性の低そうなものでも、それが服装全体のバランスを崩してしまっては台無しです。この一瞬で、これからのスピーチをどのような印象で聞いてもれるかが懸かっているのです。それほど第一印象は、スピーチが成功する大きな要因になっているのですから、充分な対策を講じたいものです。

戦術 その二
対象 聴衆を退屈させずに最後まで話を聞かせたい人
課題 「もう終わりの時間なの?」と聴衆に思わせるには
ポイント 聴衆の集中力を持続させる工夫。特に笑いの効果とは。
状況 オバマの演説にはリズムがあります。話すスピードが緩から急へ、急から緩へと変化します。むろんこの変化には意味があります。
 安定したスピードが続くと聴衆は安心感を覚えますが眠くなってしまいます。安心感を与えることが目的であれば効果的ですが、オバマの演説の主な目的は人々に勇気と希望を与えることです。その目的に応じたリズムが必要です。
 オバマは大事なところはかなり長い文章でも畳みかけるようにビートを刻んで一息で言ってしまいます。徐々にスピードが速くなるので聴衆はここが山場だなと分かります。聴衆の拍手喝采もオバマがスピードを速めるとともに高まります。これはまるで駆け上がるかのような高揚感を聴衆に与えます。そうした山場を三分から五分に一回程度は作っています。
 オバマは演説をしながら聴衆の反応を見ています。ここがポイントだと思える場所ではオバマはしばらく間をおきます。もちろん時には外れることがあります。それはオバマが間をおいても拍手喝采が起こらない時があるからです。
 オバマの演説はここが最も強調したいところなのだというクライマックスがあります。よくオバマが使う手法は、「きっと私たちは〜できる(Yes, we can〜)」に代表されるように同じ言葉で始まる文を繰り返すことです。他には「私たちは〜である我が国を信じる(We believe in the country that〜)」で始まる文を繰り返した場合や「ベルリンを見よ(Look at Berlin)」で始まる文を繰り返した場合、「私たちは〜できたはずだ(We could have〜)」で始まる文を八回も繰り返した場合などがあります。7月24日にベルリンで行った演説でもオバマは「今こそ〜の時だ(This is moment〜)」で始まる段落を八回連続で続けています。オバマは聴衆の気持が高まるリズムを作り出しているのです。
 こうした手法は、1947年に米ソ冷戦開始を世界に広く認識させたトルーマン・ドクトリン演説で使われたので有名です。トルーマン・ドクトリンでは「私は〜だと信じる(I believe that〜)」から始まる同じ構造の文が三回連続で登場します。聴衆に非常に力強い印象を与えることができます。
 時には笑いをとることも必要です。オバマは討論会で最大の弱点は何かと聞かれた話をジョークに仕立てて聴衆を大いに笑わせています。「最大の弱点は何と聞かれていると思ったから私は普通に答えたよ。『書類をうまく片付けられないから机は散らかり放題で、整理整頓してくれる人がいつも必要なんだ』。するとヒラリーとエドワーズは、最大の弱点をうまいこと言ったんだ。『私は貧しい人々を助けることに情熱を持ち過ぎている』、『私はアメリカに早く変化をもたらしたくてたまらない』ってね。もしうまいこと言わないといけないってルールが分かっていれば、私はきっと言ったと思う。『通りを横断するおばあさんを助けるのが好きなんだけど、時にはお節介だと言われてしまう。それはむごい』ってね。」
 また支持者たちとボーリングに興じた時は、「私の経済プランは、私のボーリングの腕前よりずっとましだよ」とジョークをとばしています。オバマは二十年以上前にボーリングをしたきり、一度もボーリングをしていなかったそうです。一投目はガーターで、二投目にしてようやく四本のピンを倒すことができました。
 ジョークだけではなく分かりやすい譬を使うことも忘れてはなりません。ミシガン州のオークランド郡では、イラク戦争でどれだけのお金が使われているか譬を使って説明しています。もし人口およそ120万人のオークランド郡の人々が納めている税金がイラク戦争に使われなかったら、90万人の人々の保険をまかなうことができると言っています。これを聞いた人々はイラク戦争についてどう思うでしょうか?イラク戦争に直接関係がない人でもイラク戦争について考えるでしょう。
対応 
 退屈なスピーチを聞かなければならないことほど、苦痛なものはありません。わかってはいても、襲ってくる睡魔から逃れることはできません。一体、このような退屈さはどこからやってくるのでしょうか。
私も多数の講演やセミナーに参加したことがありますが、その経験から面白いスピーカーとそうでないスピーカーの比較をしてみるとその違いがわかってきます。私が考えるポイントは、三つあります。
 まず、最初のひとつは変化です。これは、話のテンポや声の高低などの変化を意味しています。動かないものを見続けられないように、また、スピードを変えずに動くものを見続けるとまもなく睡魔がやってくるのと同じように、一定のリズム、音程の変わらないスピーチも聞き続けられないのです。リズム、声の抑揚や大小あらゆる要素を使って、変化をつけるようにしなければ、退屈だと感じられてしまいます。身体の動きも要素のひとつです。話の内容や重要度に応じて、手振り身振りを使い分けること、そして会場を歩くことも聴衆の視線を動かす効果があるので、上手なスピーカーがよく使う手法です。
次に笑いです。変化の一種なのですが、特に重要なのでここで取り上げたいと思います。笑いにはどうやら、脳を刺激する効果があるようで、笑いによる刺激で脳が活性化したという事例がいくつもあります。シリアスな議論で、ジョークを言うのはマナーに反するのではないかという意見もありますが、それは程度の問題です。もちろん、前述の変化とともにいえることですが、度合いが大切です。何事もやり過ぎとやらなさ過ぎはいけません。適度なジョークは人を楽しませ、場を和ませます。笑いはコミュニケーションの円滑油なのです。TPOをわきまえた、節度ある大人が放つ気の利いたジョークは、料理にたとえるとスパイスのようなもので、スピーチに刺激を与えてその内容を引き立たせるための大切な要素です。
最後に頭と身体のコンディションがあります。食事を取った直後は、頭がボーっとしがちなことは体験的にお分かりだと思います。また、笑いを交えて変化に富んだスピーチでも、徹夜明けではどうしても集中力が保てません。聴衆の睡眠まではコントロールできませんが、退屈させずに話を聴かせたいのであれば、スピーチの時間帯にも配慮が必要です。また、会場の空調温度やもし会場に窓があるのであれば、窓の外の風景にも気を配りたいものです。なぜなら、適切な空調温度が保たれなければ集中力に影響がありますし、気が取られるような光景が窓の外で繰り広げられているようなら、これはスピーカーと聴衆の双方のためにも、カーテンなどを閉めてやはり、集中力が分散しないようにしたいものです。

戦術 その三
対象 聴衆と一体感を作りたい人
課題 「この人と一緒にやろう」と聴衆に思わせるためには
ポイント 一体感を感じさせるキーワード
状況
 オバマとヒラリーの演説を比較すると全体的にオバマのほうがヒラリーよりもかなり高い比率で「私たち(we,our,us)」という言葉を使っています。「私(I,my,me)」という言葉はヒラリーと比べると控え気味です。 
 例えばヒラリーは、「私たちの最善の日々がアメリカの行く先にあるはずだと私は絶対的に信じる」と言っていますが、同じ内容をもしオバマが言うとしたら次のように言うでしょう。「私たちの最善の日々がアメリカの行く先にあるはずだと私たちは絶対的に信じる」。
 もし「きっと私たちはできる(Yes, we can)」が「きっと私はできる(Yes, I can)」だとしたらどうでしょうか。はたして聴衆は熱狂したでしょうか。特に「きっと私たちはできる(Yes, we can)」は、何度も繰り返し使用することで、聴衆がそれをコールするようになりました。
 討論会でオバマは、ヒラリーが「これは自分がやったこと」だと言うのを非難しています。本来であれば、「これは私たちがやったこと」、「これは私たちが達成したこと」と言うべきだとオバマはヒラリーに言っています。このことからオバマは連帯を作り出す言葉を大切にしていることが分かります。
 オバマは聴衆がコールできるような山場をしっかり作り、聴衆と一緒に演説を作り上げています。これはコンサート会場で人気アイドル歌手が十八番の歌を歌う時に、観客がコールするのと同じ現象です。まさに同じ瞬間に同じ場所を共有するという感覚が一体感を生むのです。
 オバマが演説をしている様子を見ると際立った特徴があります。顔をできるだけ左右に振っています。視線ができるだけ多くの人にいきわたるようにしています。一対一で話す時に相手の顔を見ないで話すことはありません。それと同じでいくら相手が多人数でもできるだけ顔が見えるようにしたり、視線を振り向けたりにしなければなりません。講壇が無い場合は、オバマは自由に歩き回って演説をしています。これは意識しないとなかなか難しいことです。
 なぜなら大勢の前で演説する場合はだいたい準備した演説原稿を見るのに懸命になってしまいがちだからです。講壇の手元にテレプロンプターという演説原稿が表示される機械が取り付けられています。普通はそれを見ながら演説するわけです。ところがオバマは講壇で演説する時もほとんど手元を見ずに視線を聴衆に向けています。過去の大統領の中には3000ワードの就任演説を丸暗記した大統領もいました。時間にすると20分少しの演説です。しかし、それは十分に準備時間がある時に限られるでしょう。
 演説はライブ感が重要ですから演説原稿を棒読みしては台無しです。今、ここでこの瞬間にしか聴くことができないということに価値があります。完全な演説原稿があるとそれにばかり気を取られがちになってしまい、聴衆との一体感が損なわれます。
 オバマはしばしば原稿を持たずに演説をしています。おそらく大まかな筋と決め台詞、必要な情報だけを覚えるという手法を採っているのでしょう。何を話す必要があるかさえ明確に分かっていれば、普通の人でも大まかな筋を書いたメモだけで大勢の前で生き生きとした話をすることができます。
 オバマは聴衆の様子をよく見ています。聴衆が拍手喝采している時に演説を再開するのはなかなかタイミングが難しい。オバマは聴衆の喝采を殺さぬように文頭の言葉を少し言って間をとって演説を再開しています。拍手喝采が少し静まったらMaybe・・・・・Maybe、Now・・・・・Nowというように言葉をはさみ演説を再開します。そうすると聴衆は再び耳を傾けます。拍手喝采を殺さぬようにコントロールすることが大事なのです。
 さらにオバマは演説を行う場所がいかに重要なのか地元民に必ずと言ってよいほど訴えています。例えば「ニューオーリンズは、私たちがまだ見えないものを見る想像力を持ち、努力する決意を持つ時にアメリカに何が可能なのか常に示してくれる町だ」と地元民の誇りに訴えかけています。訪れる州や町ごとに、どんな歴史があり、風土が息づいているのか触れています。
 さらにオバマはカンザス州エルドラドという町で演説した際には、「私たちはここで友人の中にいる。私たちは家族だ」と言いました。カンザス州エルドラドはオバマの祖父母が住んでいた町です。オバマは実際に住んでいたわけではありませんが、オバマは町の人々を「家族」だと言って一体感を高めました。時にはそうした大げさな演出も必要なのです。
対応
 お薦めしたいのは聴衆との壁を取り払うことです。あなた方と私ではなく、まさに「私たち」というフレーズがキーになります。私の考えはこうだ、一方的なメッセージを発するだけでなく、私たちで一緒に考えたいというスタンスを明確にすることであなた方と私は同じですという、メッセージが伝わらなければ一体感は生まれません。
 そして、その一体感を語りかけるには、相手の目を見て話すことです。しかし、多数の聴衆がいた場合には、一人ひとりとアイコンタクトを交わすのは、現実的ではありません。そこで取り入れたいのが、会場の聴衆が座っている四隅を順に見ることです。これによって自然と会場全体に目が行き渡り、全員に向かって語りかけている状況を作り上げることができるのです。一対多の状況でありながら、あたかも一対一で訴えかけているような感覚を作り出すのです。オバマの視線が常に聴衆に向けられ、下をほとんど見ないのはそのためでもあるのです。
 さらにもうひとつ、上手なスピーカーは常に聴衆に呼びかけます。「みなさんどう思われますか?」や「みなさんのなかで、この問題について私と同じ意見だという方はいラシャいますか?」といった具合に聴衆との間に、双方向性を持たせることで、時間と場所を共有していることを意識させて、見事に壁を取り払っているのです。

戦術 その四
対象 聴衆に忘れて欲しくないことがある人
課題 「訴えたいものはこれなんだ」と聴衆に思わせるためには
ポイント 記憶に残る伝え方
状況
 よほど記憶力の良い人は別にして、大半の人は聴いた話の細かいところまでは覚えていません。どんなに美しい文章であろうと、どんなに良い内容であろうと人間の忘却からは逃れられません。どうしたら印象に残すことができるのでしょうか。
 オバマには情熱があるという印象があります。たとえオバマの言葉を忘れてもそのイメージだけは残ります。オバマは効果的にさまざまな手ぶりを駆使している。 
 演説リズムにあわせ、握りこぶしに人差指を立てて注意を引く。オバマ自身の説明では、つい人を人差指で差してしまう癖があるが、できるだけ控えるようにしているそうです。それは人差指で人を差して喋るのはあまりに攻撃的だからです。
 演説が佳境にさしかかると、オバマはジャブをうつように右手と左手を交互に繰り出す。最も注意をひきつけたいところは両手で、上下左右と非常に豊富なバリエーションがある。例えばケネディも手ぶりを駆使しているがほとんど右手だけに限られている。オバマの演説スタイルは身体動作を画期的に駆使しているという点でも優れている。絶妙な身体動作は人々に忘れられない印象を与えます。近い距離であれば表情がよく見えますが、遠い距離からでは細かい表情までは見えません。しかし、手ぶりは遠い距離からでもよく見えます。手ぶりはまさに表情の代わりなのです。うまく手ぶりを使えば情熱を伝えることができます。
 情熱を伝えるとともにこれだけは忘れてほしくないという決め台詞を準備します。日本の首相の例でいえば、田中角栄の「日本列島改造計画」、小泉首相の「聖域なき構造改革」といった言葉です。たとえ細かい内容は忘れてしまってもそうした言葉は記憶に残ります。
 オバマも「変化を信ぜよ(Change We Can Believe In)」、「変化のための連帯(Unite for Change)」そして「きっと私たちはできる(Yes, we can)」など決め台詞をたくさん用意しています。しかし、ただそうした決め台詞を考えるだけでは不十分です。ビジョンに絡めて決め台詞を語っているところにオバマの強みがあります。決め台詞はオバマのビジョンを端的に表す言葉だからこそ力を持つのです。
 オバマのビジョンとは何でしょうか。オバマの言葉を聴いていると浮かび上がってくるビジョンがあります。アメリカを再び公正な競争ができる国へと変えることです。真面目に働けば真っ当な暮らしができると人々が確信する国に変えることです。諸外国との友好関係を取り戻すためにアメリカの外交政策を変えることです。クリーン・エネルギーを導入し石油に依存する仕組みを変えることです。人種を超えて人々が連帯する国に変えることです。
 「変化を信ぜよ(Change We Can Believe In)」、「変化のための連帯(Unite for Change)」そして「きっと私たちはできる(Yes, we can)」というオバマの決め台詞はそうしたビジョンに裏打ちされているから力があります。もしビジョンがなければただの空疎な言葉にすぎません。オバマは自らのビジョンを的確に要約できる力を持っています。言葉に新たな意味と今に生きている意味を吹き込む力を持っています。聴衆はオバマからそうした力を感じているのです。
 ビジョンを構築する力は、人々の声なき声を束ね、歴史の趨勢を読み取る力から生まれます。一人一人の声は小さいがそれを集めれば大きなうねりになります。歴史の趨勢を読み取る力とはアメリカがこれまでたどってきた歴史を参考にして次の時代には何が必要になるか見抜く力です。オバマは政党の垣根を越えて、人種の壁を越えて、性の違いを越えてアメリカが今、直面している問題に取り組む必要があると主張しています。
 それはオバマが思い描く新しい時代です。ただそれはオバマ一人の思いではありません。これまで数多の声なき人の声に耳を傾け、徐々にオバマの心の中で育ってきた思いなのです。自分のだけの思いではなく、数多くの人々の思いを代弁しているからこそオバマの声は熱く聴衆の心に響くのです。
対応
 人は忘れる生き物です。嫌なことや失敗したことも時間がたてば、時が解決するなどと言われるとおり、実際に忘れることができます。鮮明に記憶しているようなことでも、少なくとも徐々にその記憶は薄くなっているはずです。では、聴衆にメッセージを伝えるとき、どのようにしてできるだけ忘れられないようにすればいいのでしょう。
 まず、大切なことは繰り返し何度も言うことです。これはビジネスにおいても同じことが言えます。社員に伝えたつもりが、実は伝わっておらず大変な問題に発展してしまった、などということがあります。そこで、企業では復唱して確認するといったことが奨励されているのです。これには、聞き間違いや思い違いの類も一気に解決できる効果があります。鉄道会社など交通機関などで見られる指指し確認などは、その好例です。毎日行い、わかっていることでも、安全にかかわることですから、繰り返し何度も確認しているのです。
そして、別な方法でさらに有効なのは、物語を使って記憶に留めるもらうことです。ちょうど幼い頃に聞いた物語が何歳になっても、記憶に残っていることと同じ効果です。
物語で伝えるという方法が効果的なのは、考えてみれば古くからよく使われている手法だからです。おそらく、私たちの思考パターンに合致していて、馴染みがあるので、わかりやすいのです。なぜなら、昔は物語で民族の伝統やしきたり、社会通念や宗教観なども先祖代々、口伝えに伝えていくのや当たり前に行われていたからです。ある会社では、製品名を物語で覚えてもらうように工夫をしています。製品名が開発秘話やちょっとした社内の光景から生まれた様子を冊子にして、製品と一緒に配ることで物語と製品を関連付けてもらうのです。そうすると、記憶に残りやすく次回の注文につながるのだと思います。

戦術 その五
対象 聴衆にまた話を聞きたいと思わせたい人
課題 「この人の価値観に共感できる」と聴衆に思わせるためには
ポイント 人間味を感じるストーリー
状況
 オバマがオレゴン州のポートランドで行われた集会に参加した時、オバマは壇上に妻ミシェルと二人の娘メール・アンとナターシャと一緒にあがりました。オバマは家族と気軽にスキンシップして家族とのふれあいを演出しました。
 アメリカ国民は、大統領の家族を理想的な家族として見ます。特に有名なのはケネディ一家です。ケネディ夫人と小さな子供たちとの写真は良き父親としてのケネディ像を国民に印象付けました。ケネディが暗殺された後、ジョン・ジョンの愛称で親しまれたケネディの息子が父親の棺の前で敬礼する姿は多くのアメリカ国民の涙を誘いました。
 アメリカでは政治家が家族愛を示すことはとても大切なことです。宗教的な要素ももちろんありますが、レーガンが登場するまで離婚歴があると大統領にはなれないとまで言われていました。家族愛は政治家が人格的にも優れているかどうか示すバロメーターと言えるでしょう。またオバマは、将来の世代のことを考えることこそ愛国心だと言っています。それはオバマに愛娘が二人いることでさらなる説得力を持ちます。我が子の将来を思う心は多くのアメリカ国民にとって共感できる気持です。
 オバマは演説でいろいろと人間味を出す工夫をしています。自分の生い立ちを語り、家族のことを語ります。両親がアメリカで成功することを願って「神の恵み」を意味する名前を付けてくれたことや祖母が見せた黒人への懐疑心などもありのままに話します。さらに出会った人々の話も折にふれてしています。町であった子供の夢、選挙ボランティアの女性、集会に参加した老女などごく普通の人々の話が出てきます。聴衆は、オバマが話を聞いてくれる人だと思うでしょう。一方的に伝えるだけでは言葉は力を持ちません。なぜなら言葉はそもそも人と人の間で気持を伝えるものだからです。
 聴衆は政策や法案だけを知りたいのではなく、その人物が自分たちの代表として選ぶのに値する人格の持ち主なのか知りたいと思っています。自分の声が届く、自分のことを分かってくれる。人々の信じる思いが人々の心に火を灯します。自分が伝えたいことを伝えるだけではなく、聴衆が伝えたいと思っていることを汲み取る。それがまた話を聞きたい思わせる秘訣なのです。
対応
 ある面白い物語があったとして、その話の続きに期待を膨らませることがあります。次の展開がどうなるのか気になって、早く続きが見たくてたまらなくなります。それは、小説であっても、コミックであっても同じ現象が起きます。最近では『24』に代表されるようなドラマが、このような気持ちにさせるからだと思いますが、大変な人気を呼んでいます。
 実はスピーチの場合も、聴衆の心理状態は同じだと考えられます。このスピーカーは次に何を話すのだろうかと期待させることができればいいわけです。もちろん、内容でその期待をリードできることが一番です。そのためには、ストーリー性のある展開を作り込まなくてはなりません。要素として考えられるのは、実はもっとすばらしいエピソードがあると感じたときに、また話が聴きたくなり、次回が待ち遠しくなるのです。
 ストーリー性やエピソードに大切なことがあります。それは、スピーカーの人としての深みを感じさせることです。成功談ばかりではなく、失敗談や苦労話も知りたいのです。そこから、這い上がってきた物語に感情が揺さぶられるものです。辛い状況の中での家族への愛や友情が織りなす、人間性を感じてしまうのです。実はこれらの要素は人気ドラマと共通していることに気が付かれたことでしょう。人が感じる要素はドラマであれスピーチであれ共通するのです。人気のストーリーがなぜ人気があるのか、という観点で学び、自分自身のストーリーに取り入れましょう。

議論する時の五つの戦術

戦術 その一
対象 敗北を次のチャンスにつなげたい人
課題 「倒れても何度でも立ち上がる人だ」と相手に思わせるためには
ポイント 戦略的な敗者になる
状況
 予備選挙が始まる前のレースでは、オバマは圧倒的な差をヒラリーにつけられていました。さらにヒラリーは豊富な経験に加えて討論でも優れた資質を持っています。ヒラリーはどんな話題を振られても論理的にスマートに答えることができます。討論における弁論術という点ではオバマはヒラリーに劣っています。下馬評ではオバマの敗北は必至でした。ではオバマはどのようにヒラリーに対抗したのでしょうか。
 例えば北米自由貿易協定が議題にあがった時のことです。ヒラリーは北米自由貿易協定の改善案を雄弁に語りました。模範的な回答でしょう。それに続いてオバマはヒラリーと同じく北米自由貿易協定を改善する必要があると語りました。それだけではヒラリーと大差ありません。オバマはそれに加えて自分が実際にメキシコ大統領とカナダ首相と接触したと行動をアピールしました。
 自分が言いたいことを先に言われてしまって、後から何も言えずにいれば敗北してしまいます。それに討論会では時間が限られているから他の候補と同じことを繰り返しても仕方がありません。
 オバマは教育問題について論じた時に「たくさんの良い考えがあげられました」と他の候補者の意見を一括し、まだ言及されていない問題について述べました。その中で「私たちはテレビを切らなければならないし、ゲームを片づけなければならない。そして私たちは子供に教育は受け身ではなくて積極的に参加しなければならないものだと教えなければならない」とオバマ自身の親としての視点を盛り込んで観客の共感を求めました。オバマは、ヒラリーが圧倒的に優勢な時は衝突を避け、観客の共感を呼ぶようにアプローチして自らの存在を印象付けようとしました。相手が優勢な時は衝突を避けつつ静観し、自分の地歩を固めながら機をうかがうという作戦です。
 オバマは予備選挙でヒラリーに負けた場合は、ヒラリーの勝利を祝福しています。ヒラリーの勝利を祝福することは大切なことです。ヒラリーに投票した有権者の目があるからです。勝利を素直に祝福したほうが好印象を与えることができまず。それはいくら予備選挙で戦っているとはいえ、ヒラリーとオバマは民主党の中では同胞だからです。
 討論の時に分が悪くてもオバマは躍起になって反駁することはあまりしません。ただ観客の記憶に残るような重要なポイントを述べるだけです。討論会は、ただ相手を言い負かせばよいのではなく、いかに観客にアピールするかが大切なことです。
 司会者に、ヒラリーがもし大統領候補になったらマケインに勝てるかどうかと聞かれたオバマは、「前に言ったようにヒラリーは絶対に勝てる。でも私もヒラリーが言っているみたいに自分のほうが良い候補だと思うよ」とユーモアを交えて答えています。相手を認めながらも自分の利点を話すほうが得策です。先程も言ったようにヒラリーは民主党内では同胞だからです。相手を否定して自分を持ち上げようとするよりも、相手を持ち上げつつさらに自分を持ち上げるほうが好ましいでしょう。同胞を否定する人に対して良い印象を持てるでしょうか。
 1月31日の討論会でオバマは、予備選挙から撤退を表明したエドワーズの業績を賞賛しました。エドワーズの背後には少なからぬ支持者がいます。彼らの支持を自分の陣営に取り込むためには敗者に対する配慮も必要です。さらに討論会の他でもオバマはエドワーズに演説をする機会を与えています。オバマは敗者の名誉と誇りを傷つけないように配慮しています。  
対応
 敗北を完全な負けにしてしまうのは、その人の態度によるところが大きいのです。わかりやすくビジュアル的にいうと、ホームランを打たれてしまった野球のピッチャーがガックリとひざを落としているシーンは、身体全体から「負けた」という事実を表現してしまってしるのです。逆に、ホームランを打たれても平然と次のバッターとの対戦の準備に取り掛かっているピッチャーはどうでしょう。確かに、打たれたがまだまだ勝負はこれからだといった態度で、戦う相手に手ごわい相手だと思わせるところがあります。ホームランを打ったチームの方がピッチャーに恐れを感じることがあるかもしれません。こう考えると、負けた場面ではついつい、心理的なショックが態度に出てしまうのが人ですから、日ごろから態度を保つための訓練をしておくことが大切になります。それには、常に第三者的な視点を持ち、物事の良い面に焦点を合わせることです。例えば、先ほどのホームランを打たれたピッチャーならば、後続を抑える力は十分残っているのだから、過去から未来に視点を切り替えて後続を打ち取ることに全力を傾けようと、考えればいいのです。
 また、敗北を次のチャンスにつなげるもうひとつの思考方法として、負けた原因を実力の問題なのか実力を発揮する環境の問題なのかを区別して捉えることが必要です。
実力の問題であれば、次のチャンスに備えて実力を鍛えなおすしかありません。その場合はさらに自分の弱点を正確に把握して、その弱点を克服する努力を始めるしかないでしょう。そして、環境の問題であれば、戦える実力があったにもかかわらず、敗北と言う結果に終わったわけですから、その事実は受け止めながらも、戦いに至るまでの準備や手順を見直すわけです。
いずれにしても、冷静に原因を見つけて、同じ失敗を繰り返さないように、別な戦い方を強化しなければいけません。同じことをやり続ける限り、同じ結果になるのですから。

戦術 その二
対象 勝利をさらに次の勝利につなげたい人
課題 「勝つたびに成長する人だ」と相手に思わせるためには
ポイント 敵を作らない勝ち方のコツとは
状況
 オバマが劣勢を覆し徐々に優勢になってくるとヒラリーは一転して積極的な攻勢に転じた。ヒラリーは「他の誰かの演説から文章をまるまる盗用するのはあなたが信じるような変化じゃないわ。それは、あなたができる変化、ゼロックスよ」とオバマの演説について非難を展開しました。
 それに対しオバマは政策上の論議をするほうが大事だと冷静に対応した。ヒラリー陣営がさまざまなネガティブ攻撃を繰り出しているとオバマは指摘している。そして、ヒラリー陣営の選挙活動の手法についてはうるさく言わないとオバマは余裕を見せた。
 ヒラリーがオバマの逆転を食い止めようとなりふりかまわず必死になりネガティブ攻撃を繰り出してくればくるほどオバマにとっては有利になります。なぜならそうしたネガティブ攻撃に終始する政局こそが過去の遺物だからです。オバマが描いた過去対未来の構図にヒラリーは自らはまり込んでいるわけです。
 さらにヒラリーはオバマよりも業績と経験に優れていることを主張するために攻撃材料を見つけました。テレビでオバマの支持者が、オバマの業績について何かあげるように言われたがきちんと答えられなかったのをヒラリーは攻撃材料にしたのです。「言葉は重要だと思うけど、言葉よりも行動が多くを語るものよ」とヒラリーは言い放ち、オバマの経験不足を攻撃しました。
 それでもオバマは冷静で、ヒラリーの「言葉よりも行動が多くを語る」という言葉を認めたうえで、オバマは、シカゴでコミュニティ・オーガナイザーとして働いてきた業績を語りました。話すことや演説すること自体に興味があるのではなく、ただできるだけ多くの人々がアメリカン・ドリームを達成できる手助けをしたいとオバマは説きました。
 そして、オバマはヒラリーの業績を素晴らしいものだと賞賛し、それを汚すようなことはしないと明言しました。オバマはヒラリーの挑発に乗らずに受け流したのです。オバマはポジティブであるように努め、かつ相手への非難を控えてネガティブ攻撃をあまりしなかった。
 上院選挙でオバマの採った戦術も根本は同じでした。オバマは対立候補が繰り出すネガティブ攻撃にはできるだけ取り合わないようにしました。そして相手が自滅するのを待ちました。ネガティブ攻撃に対しては反撃せずに相手の熱が冷めるまで待つのが賢明です。
 2月21日の討論会でどちらが先手をとるかくじ引きで決める時に、オバマはくじ引きに勝ったがヒラリーに先手を譲っている。ヒラリーがどう出るか様子を見るためです。優勢を保っている時は相手がどう出るか様子を見ることは大事なことです。相手がなりふりかまわず攻撃に出ると危険だからです。
 とにかくオバマは到るところで余裕を見せています。ヒラリーはメドベージェフの名前を正確に発音できずに口籠った時がありました。これは豊富な外交経験を誇るヒラリーを攻撃するには格好の材料です。しかし、オバマはヒラリーに助け船を出しました。
 オバマは、相手の些細な過ちを突いて相手を攻撃するようなことはしません。それは観客に悪い印象を与えます。ヒラリーの失言に対してオバマは特に攻撃することはせずに、言いたいことが不完全に伝わってしまうこともあるし、自分自身も同じようなことがあるとフォローしています。
 またヒラリー陣営が、イスラム風の衣装を着ているオバマの写真を流した件についてヒラリー自身は関知していないと明言するとオバマは深く追求せず、政策の論点について話を移しました。それよりも観客にヒラリーとオバマの違いが何かをアピールしたほうが良いのです。
 オバマはできるだけ余裕があるところを見せるようにしました。それにヒラリーに勝利した後も、ヒラリーの支持者を取り込む必要があるので、ヒラリーを完膚なきまでに叩きのめす必要はありません。たとえ一時的に勝ちをおさめても敵を追い詰めてはいけません。その敵が明日には味方になるかもしれないのですから。敵が綺麗に負けられるように、死に場所ならぬ負け場所を作る必要があります。
対応
 スポーツの話はわかりやすい例え話になるので、よく使うのですが、野球の次はサッカーです。私の友人に少年サッカーの指導者だった人がいます。彼が言うには、子供達に教える最も大切なことは、サッカーの技術ではなく敗者の気持ちだと言うのです。勝者ではありません。敗者の屈辱的な悔しさを知ることが大事だと言っているのです。おかしなことを言うようですが、昨今の教育では勝敗をハッキリさせることにためらいがあるようで、運動会のかけっこで順位を付けずに、みんなで手をつないで一緒にゴールしましょうといったことが行われています。これは、既にかなり広く知られていることです。しかし、実際にサッカーの試合をすると、勝ったチームと負けたチームが出てしまいます。これも教育の一環と捉えると、そこで何を教えるのかが重要になってきます。勝ったらまず、喜ぶことが第一です。嬉しいことは嬉しいでいいのです。その感情をキチンと表現しなくては、とても人間らしくはありません。そして、次に相手があっての勝利であること、相手がいるから試合ができることの感謝の気持ちを教えるのだそうです。そして、相手は悔しい思いをしていることを理解して、相手の立場に立つことと相手を労わる気持ちを教えるのです。これは、少年でなくても、あるいはサッカーやスポーツに興味がなくても、教訓として憶えておきたいこととして紹介しました。
交渉相手を完全に打ち負かすのではなく、相手の顔を立てて最低限の利益が残るようにしておくことで、次に同じ相手と交渉する場合でも最初から優位に立って交渉することができます。負けた相手の対抗意識があまりにも強く、感情的になって食い下がってきたような場合でも、相手の立場がわかれば対処の方法が見えてきます。

戦術 その三
対象 自分の特徴をアピールしたい人
課題 「この人には自分にはない強みがある」と相手に思わせるためには
ポイント 弱みを知れば強みが引き立つ
状況
 国民皆保険に関してオバマはヒラリーと比べて知識が不足しています。オバマ自身も、ヒラリーこそ国民皆保険のために長年にわたって奮闘してきたと認めています。ヒラリーはかつて国民皆保険実現に着手しましたが挫折しています。挫折した経験があるとはいえ、国民皆保険はヒラリーの宿願であり十八番です。さらにオバマは、ヒラリーのプランと自分のプランが95パーセント同じだとも言っています。オバマはどうやって自分のプランの利点を示したのでしょうか。
 オバマはヒラリーのプランが、保険に加入する余裕がない人にまで強制的に保険に加入させることになり、その結果、給料から無理やり保険料を徴収されることになると指摘しました。オバマの指摘は、とても分かりやすい言葉でヒラリーのプランの弱点を突いています。視聴者の心に響く言葉です。専門的に弱点を詳細に説明しても視聴者の心に届かなければ意味がありません。端的に相手の考えの弱点をえぐる言葉が最も効果的です。
 そして、オバマは自分のプランの利点についても分かりやすい言葉でまとめています。オバマは、国民皆保険を目指すという点ではヒラリーと変わらないが、自分の計画の下でなら保険を欲する人は保険を手に入れることができるしコストも安くできると主張しました。オバマは「それが私自身とヒラリーの真の違いだ」と断言しています。またオバマは、多くの専門家もコストが安くできると言っていると自分のプランを補強しました。権威を利用して自分の意見を補強するのは効果的な手段です。
 国民皆保険だけではなく、イラク戦争についてもオバマはヒラリーの弱点を洗い出し、自分の利点をアピールしています。オバマは、上院選挙で落選する危険があってもイラク戦争について自分は一貫して反対を唱えたと誇っています。それに対してヒラリーはイラク制裁決議に賛成票を投じていると指摘しました。そうすることでオバマはイラク戦争に関してヒラリーとの対比を浮き彫りにしています。
 さらにオバマは大統領にふさわしい利点を自分は持っていると論じています。司会者に、多くのアメリカ国民が、ヒラリーのほうが経験豊富でうまくやるだろうと言っていると指摘されたことがありました。オバマはヒラリーが豊富な経験を持っていることは認めました。しかし、今、アメリカが必要としているのは変革であり、コミュニティ・オーガナイザーをはじめとするさまざまな経験を通じてアメリカを変えようと思ってきた自分の経験のほうが有用だと主張しました。何が必要とされているかまず提示し、それを自分が持っていると説く手法は自らの利点を最大限にアピールできます。
対応
 人と人が何かを争う場合、どちらも自分が正しく、相手が間違っていると考えてしまいます。例えば二人のセールスマンが発案したそれぞれの企画のうち、どちらの企画がより効果的かを議論しているとします。二人のセールスマンはどちらも、自分が正しいと考えているのです。二人の主張は表現こそ違うものの、企画の主旨は同じで結局のところ、やろうとしていることにあまり変わりがなかったということは現実的によくある話です。
 しかし、そんななかでも自分の企画の特徴をより強く打ち出し、ライバルとの違いを鮮明にしなくては、引き分けのないビジネス社会では優位に立てません。相手との違いを明確にするには、相手がなぜそう考えるかを把握することが最初にすべきことです。
考えを把握する相手がユーザーだった場合、これは顧客ニーズとなります。つまり、競争相手にもニーズがあるのです。セールスがうまい人は交渉もうまいのはどちらもニーズを把握すると言う点で共通しているからなのです。
 さて、相手のニーズを把握したら、その次は相手のニーズと自分の強みとの比較です。
ここで大事なことは、往々にして人は自分のニーズだけを主張しがちです。いわゆる自己利益だけを追求してしまうのです。相手のニーズが把握できたのですから、そのニーズの裏側にある弱みを見つけることは容易いはずです。さらに、弱みがわかったのですから、自分の強みと比較することでより明確な差を明らかにできるのです。
 ニーズを把握されたうえで、あなたの強みである点、すなわち優位性を明らかにされたのですから、相手にしてみればあなたは良き理解者であり恐ろしい破壊者でもあるのです。しかも、人格を否定されたわけではなく、焦点はお互いのニーズですから、参ったという気持ちになったとしても不思議ではありません。

戦術 その四
対象 不利な状況を回避したい人
課題 「うまく切り抜けられた」と相手に思わせるためには
ポイント 大きなダメージを避け、挽回に備える
状況
 オバマはライト師問題を初めとして何度も不利な状況に追い込まれました。そんな時、オバマはどのようにそれを回避したでしょうか。ライト師とオバマの関係についてヒラリーが攻撃すると、ライト師が問題発言をした時にはそれを教会で聞いていたわけではないとオバマは直接的な関与を否定しました。そして、ヒラリーの言葉が自分と多くの人々に対して攻撃的だと非難しました。
 オバマはライト師の発言について、すべては知らなかったが、その一部を攻撃的だと受け取った人々がいるとは理解できると釈明し、発言によって傷ついた人々を宥めようとしました。一方で、ライト師が所属している教会はさまざまな社会貢献をしてきたと述べ、少しでもイメージダウンを回復させようとしました。
 さらに「苦境に陥った労働者が、不満をぶちまける方法として、銃や宗教、または好意的ではない人々に対する敵意や反移民感情、それに反貿易感情に執着するのは驚くべきことではない」という失言をヒラリーに攻撃される前にオバマは失言について自ら言及しました。先手を打って、必ず攻撃される弱点をカバーするのは妙案です。
 オバマはそうした失言を政治的に利用するのは良くないと主張しました。そして、昔のヒラリーの失言について触れ、ヒラリー自身も失言を政治的に利用されるのがいかに良くないことか分かっているはずだとヒラリーの攻撃を封じようとしました。それに加えて失言について触れるよりももっと大きな問題を考えるべきだと攻撃をかわそうとしました。
 またオバマは過去対未来という構図を打ち出していましたが、討論会の司会者に、ビル・クリントンに仕えた元アドバイザーを雇っているのにどうして過去との訣別などと言えるのかと質問されました。ヒラリーはすかさず「それをお聞きしたいわ」と口を挟みました。オバマは「ええ、ヒラリー、あなたにもアドバイスを期待しますよ。どこからでも適材を集めたいからね」とまずジョークでかわしました。それからオバマは、9・11以後の政治が問題なのであってそれ以前の関係者には良い人材がたくさんいると持論を展開しました。自分にとって不利な質問に対しても慌てずジョークで返すことでオバマは余裕を見せています。また観客が笑いに湧けば何とか時間を稼ぐこともできます。
 他にも黒人イスラム教団体ネイション・オブ・イスラムのルイス・ファラカンからの支持を受け入れるかどうか司会者に聞かれた時もオバマは困った立場に追い込まれました。ファラカンは反ユダヤ的なコメントをして多くの非難を浴びていました。ファラカンの支持を受け入れるとユダヤ系からの支持を失います。一方でファラカンの支持を拒否すれば黒人からの支持を失うかもしれません。
 司会者がファラカンからの支持を拒絶するのかとはっきり質問しても、オバマはファラカンの反ユダヤ的なコメントに対しては非難しているとだけ答えました。一方、ヒラリーは、過去に反ユダヤ的な組織からの支持を拒絶したと明言しました。さらにヒラリーは非難と拒絶には違いがあるとオバマの曖昧な立場を暗に批判しました。
 それに対してオバマは、非難と拒絶にはあまり違いはないと思うが、もしヒラリーが拒絶の方が非難よりも強い意味だと言うのなら喜んでそれを認めて、非難も拒絶もするだろうと答えました。しかし、オバマははっきりとファラカンの支持を拒絶するとは最後まで明言しませんでした。イエスと答えてもノーと答えても不利なことは、言質をとられないように曖昧にするのも時には必要です。
対応
不利な状況でさらに追い込まれないためには、意識的に問題の本質を遠ざけて、体制を立て直すべきでしょう。感情的になって、無理な反撃に出ても形勢を逆転できることは皆無に等しいと考えるのが賢明です。あえて戦闘を回避したり、さらに情勢が悪ければ戦略的な撤退を行うのも手段の一つです。
相手には勝ったと思わせて、実は逆転の布石にしてしまうような巧みさが求められます。冷静に考えて、不利な状況ということは、その問題があなたの不得意な分野だからなのです。これはほぼ間違いのない事実のはずです。そうであれば、戦う場所が間違っているのです。あなたが戦いやすい自分の土俵に相手を誘い込むための知恵比べです。
大抵の場合、人は自分の面子が失くすことに不安を抱きます。ということは、反対にあなたが面子を失う様は勝ったと思わせる恰好の状況であり、相手の面子が上がるように擽ることは相手にとっては快感のはずです。あなたがこの問題では相手の方が優っていることを認めつつ、次の問題としてあなたの得意な分野の問題にすり替えて、この問題にも意見も求めるように仕向けるのです。つまり、一歩下がったうえで押し返すわけです。気分良く勝って、その流れで相手の得意分野にも意見を言ってもらえたら、そこから反撃の糸口が掴めるはずです。
最後にチャレンジすることとして、提案があるのですが、弱点の克服はテクニックとは別に取り組む必要があります。さもなくば、その問題に抜群に強い側近を仲間に迎え入れることでしょう。その、新しい仲間が機能の敵であったとしてもです。

戦術 その五
対象 誰からも認められる勝者になりたい人
課題 「この人にはかなわない」と相手に思わせるためには
ポイント 強さだけでは大衆を味方に付けられない
状況
 オバマは討論会という場で最優先すべき目標は何かをよく理解しています。一貫して大切な目標は、いかに自分が大統領候補として優れているのか観客に印象付けることです。オバマは話を合衆国大統領という言葉でよく締め括っています。「私が合衆国大統領になったら〜」、「〜だから合衆国大統領に立候補した」といったような言い方です。
 なぜ自分はヒラリーよりも大統領候補として優れているのか。オバマは繰り返し語っています。オバマは自ら、政策に関してヒラリーと多くの共通点があると言っています。しかし、ヒラリーと自分には根本的な違いがあるとオバマは訴えかけます。
 今、アメリカに必要なのは、アメリカ国民を鼓舞して政治に関与させ、さらに人種、地域、宗教の壁を超えて変化のための連帯を作り出すことだとオバマは訴えます。それができるのは草の根運動を結実させてうねりを生み出した自分しかいないというのがオバマの論理です。ヒラリーとの違いがくっきり示されています。ヒラリーは自らの経験を前面に押し出しましたが、かえってそれはオバマの過去対未来の構図にとらわれることになりました。
 討論で必ずしも勝つ必要はありません。1960年の大統領選挙でケネディとニクソンはテレビ討論会で対決しました。ニクソンは弁論術に長けている人物です。政治資金疑惑のせいで副大統領候補の地位が危うくなった時に愛犬をだしにした演説で切り抜けたことでニクソンは有名です。弁舌ではケネディはニクソンに勝てません。しかし、ケネディは大統領選挙でニクソンを破ることができました。それはケネディが視聴者に好印象を与えることができたからです。ケネディの若々しい颯爽とした候補というイメージの勝利です。
 オバマも討論に勝つことよりもイメージを重視しています。司会者に2008年の抱負は何かと聞かれた時にオバマは「良い父親になりたい。良い夫になりたい」と答えました。そして、二人の娘と一緒にクリスマス・ツリーを買いに行ったが、ワシントンにすぐに戻らなければならなかったという自らの体験を語り、国中の子供たちの未来を考えるとそうした犠牲も価値があると述べました。さらにオバマは、「アメリカ国民の生活に真の違いをもたらすために敗北する恐怖に屈しないように、恐れてはならないと私は絶えず自分自身に言い聞かせている」と心情を吐露しました。他の候補とは違ってオバマは等身大の一人の人間として自分自身の気持を率直に語っています。こうした語りは、オバマは本当にアメリカの将来を憂えているというイメージを視聴者に感じさせます。
 そもそも討論で勝つことはそれほど重要なことでしょうか。「大統領の力量は説得力である」という有名な言葉もありますが、その説得力とは人々を鼓舞して自発的に行動させる力を指します。相手を論理で負かす力ではありません。
 目の前の相手を撃破するよりも大向こうの視聴者の好印象を獲得するほうが大事なのです。そのためオバマはジョークをとばす機会を逃しません。司会者に、レッド・ソックスが勝つかヤンキースか勝つかと聞かれた時にオバマは、「ソックスが勝つよ。でも違った色のソックスがね。私はいつもホワイト・ソックスのファンだ」と答えて会場を沸かせました。
 また公共の場での禁煙について肯定的だと主張するオバマに司会が「ではあなたは禁煙に成功しているか」と反問しました。それに対してオバマは「もちろん。ご存じのとおり私の最善の慰めは妻です」と答えました。会場は笑いに包まれました。
 自らの信念を主張するところは主張しながらも時にはジョークも言う。真摯な語りがあるからこそユーモアが引き立ちますし、ユーモアがあるからこそ真摯な語りが引き立ちます。討論では視聴者は論理の展開を追っているだけではありません。語り手の人間性を見ているのです。だからこそ好印象を与えることを重視すべきなのです。
対応
 猛烈な強さで勝ち上がって社会的には成功者と呼ばれても、なぜか人望が薄い人がいます。同じように、成功者の中には誰からも慕われる、包み込むような優しさを持った人がいます。この人に任せたい、この人に付いていきたいと思わせるのは明らかに後者です。こういった人が、持っているものは目に付くものは蹴散らしてでも前に進む強さではなく、ずる賢く機微を狙って間隙を突くような立ち回りの上手さでもありません。
もちろん、成功しただけの厳しさは強く持っていますが、それよりも接する人を包み込むような暖かさが際立っていたりするものです。私の理解では、これは人徳ではないかと考えています。人徳がなければ、人は付いてこないのです。
 例えば、ジョークにしても決して人を傷つけるようなことは言いませんし、むしろ特徴的なことは、発言は大いに笑えるジョークなのですが、それでいて気付きを与えるような発言でもあるのです。こういう人は一緒にいて、為になることばかりですから、自然と人が集まり、いつのまにか大きな人の輪ができていくのです。無敵とはすべての敵に勝つことではなく、敵が無いことだと言いますが、人徳のある人はやはり好感度が高く、印象も良いので、敵になる人がいない場合が多いようです。
 相手に対する思いやりが深いのですが、具体的なビジネスの場面では、相手が決定に悩むような場面を作りません。例えば、見積書を提出する場合でも、何パターンか複数の選択肢を用意するばかりか、上司を説得しやすいように、パターンごとにメリットとデメリットをまとめた、資料をさりげなく用意してあります。上司との板ばさみになることやプライドを傷つけないように配慮しているのです。このような人になれば、対外的な友好関係も内部の協力関係も簡単に作り出すことができ、思い描いたビジョンが自分の力だけでなく多くの関係者を巻き込みながら、やがて大きな渦のようなエネルギーになっていくことでしょう。リーダーの大きな仕事とは、他人を巻き込むことであり、
誰からも好印象を持たれる人徳を持つことでもあるのです。


スピーチの最終目的は、行動に移してもらうこと。

 コミュニケーションの大事なことは相手の話をよく聴くことです。聞き手の技量がコミュニケーションの質を決定付けるといってもいいでしょう。一方で、スピーチでは政策の演説にしろ、企画のプレゼンテーションにしろ、伝えたいことをハッキリさせ、聞き手にその場で判断できるようにすることです。ただ「聞こえた」のでよければ、耳に心地のいい音楽のようなスピーチで充分です。気の利いたエピソードや場を盛り上げるジョークが思いつかなければパーティーのあいさつなど形式的な場面ではこれで事足りるでしょう。しかし、どんなにいい話も行動につながらなければ「わかった」のレベルに過ぎません。スピーチを聞いた後の聴衆に感想を訊いたとして、「彼の政策は興味深い話だった」、「斬新な切り口の企画で面白かった」といった反応だったとします。これは、理解はされているので、悪くはありませんがこれでは何かが起きることは期待できません。スピーチを聴いた結果、判断する材料が手に入り「行動する」ところまでできればスピーチの目的は達成できたことになります。何かが起きるとは、この「行動する」ということなのです。つまり、「彼を支持する」「この企画を採用する」といった反応を起こしたいのです。こういった行動に移る判断が、聴衆にできないのであれば充分な判断材料が提供できなかったことに気が付かなければなりません。
 それでは、根拠になるデータを明確にして、論理的な説明を詳細に繰り広げればいいのでしょうか?じつは、その前に気を付けなければならない大切なことがあるのです。それは、聞き手に聴く姿勢になってもらうことです。スピーチを理解するには論理的な判断をする前に、感覚的な判断がります。例えば、あなたが買い物をする場合、商品について詳しい知識があり説明に終始する販売員と親しみのある笑顔で明るく感じのいい販売員がいたとするとどうだろうか?答えはどちらかでなくても構いません。なぜなら、あなたも私も親近感があり人当たりのいい販売員に詳しい商品の説明が聞きたいからです。そのうえで、判断ができる充分な情報が得られれば「購入する」という行動に移るのです。ここで気づいて欲しいのは、親近感があるという感覚的な判断が先で、詳しい説明による論理的な判断はその後になることなのです。
 言い換えれば、感覚的に嫌いな人からはどんなに詳しい説明を受けたとしても、その説明は「聞こえて」いないので、判断はできるはずもないのです。もしも、ますます詳しい説明をしたとしたら、感覚的にさらに嫌われるばかりでむしろ逆効果になり、なぜ「わかって」もらえないのかがわからないので、さらに説明を繰り返すという悪循環に陥りがちなので注意が必要です。

聴衆に心を開いてもらわなければ、言葉は届かない。

 反対に、感覚的に好感を持たれると、説明が詳しくなくまた、論理的できなくても「購入する」という「行動」に移る場合があるます。例えば、ビジネスの世界では、駆け出しのセールスマンが突如として営業成績を伸ばすことがあります。いわゆるビギナーズラックというものです。経験も知識もないが、一所懸命な言動や若々しくさわやかな笑顔、裏表がなく夢中で働く姿に触れると、人は自然と注目し、受け入れ、助けようとするようになっているようです。ベテランセールスマンの古臭さが鼻につくようなセールストークや無理な作り笑顔、丁寧すぎて気色が悪くなる腰の低さには、人の感性は顕著に心を閉じるという反応をしてしまうのです。
同じように、聴衆が心を開いてスピーチを聴く姿勢を持たなければ、メッセージは届きません。では、感覚的な好き嫌いとはどういった要素が影響するのでしょうか。それは、服装や立ち振る舞い、言葉遣いに至るまで多くの要素が関係しており、それぞれに周到な準備が必要になります。
 オバマの場合、最初の感覚的な抵抗は彼が黒人であることだろう。現在のアメリカ国内において、人種差別がどれほどのものか計り知れないが、少なくとも根絶されたとはとても言い難いようです。政治的な展開をする黒人系の運動家に対して、白人が持つイメージを突き詰めて言えば、恐怖感に近いものがあるのではないだでしょうか。実際のオバマにはそれが感じられません。ここでは、感覚的な面に限っていえば、笑顔に代表される彼の表情や立ち振る舞いはどれも紳士的でながらも、柔らかさと芯の強さを持ち合わせたイメージがあります。
 また、それらを潜在的に植えつけてきたイメージ戦略が功を奏している部分が大きいのです。ビジネスにおいては、マナーの影響が大きいものがあります。見た目においては、やはり服装、持ち物、立ち振る舞いなどであり、話し方においては、専門用語などの難しい言葉を使わない、曖昧な表現をしない、他社の誹謗中傷などがそれにあたります。これら軽視する向きもあるが、実際にこれで嫌われてしまう可能性は否定できません。マナーとは相手への配慮なのですから、これができないということは、ビジネスの関係においても配慮に欠ける言動があるのではないかという不安を感覚的に感じ取るのも人の感性のおもしろいところです。
 例えば、財界の実力者に対して、Tシャツにジーンズといういでたちで、ろくに挨拶もできないのでは、いかに優れたビジネスをやっていると主張したところで、相手にもされないことは容易に想像できます。こういう例もあります。若いセールスマンがある中小企業の社長に自社製品を売り込みに行きました。饒舌に、製品の優れている点を熱心に語り他社製品からの切り替えを迫りましたが、どうも社長は乗り気ではないようでした。そこで、そのセールスマンは現在導入している他社製品の欠点を語り始めたのです。そしてついには、ライバル会社そのものの経営批判やセールスマンはいかに質が悪く、顧客との間で起こしたトラブルまで暴露してしまいました。社長が気を悪くしたのは言うまでもありませんが、理由は誰もが感じる不快感以外にもありました。悪いことに社長の親戚がこともあろうに、そのライバル会社のセールスマンで、現在導入している製品はそのセールスマンから購入したものだったのです。批判したのは会社ではあまするが、その親戚を否定されたような気がするのは当然のことです。人と人はどこでつながっているかはわかりません。批判をするのであれば、本人と直接対峙して堂々と行うことです。選挙活動であれば、候補者同士が事前の打ち合わせなしで、お互いの意見を正面からぶつけ合う公開討論などは誰にでもわかりやすい設定です。
 逆に相手のいないところで批判をすることほど、人間性を疑われる場面はありません。
しかも先ほどの例では、縁故よりも経営上の効率性を重視する方針の社長はよりコストの安く、性能もいい製品を探していたというのです。少しでも優位に製品を売り込みたい必死さから、思わず出たこととはいえ、そのセールスマンが払った代償はあまりにも大きいものでした。一流のスピーチは、相手のことを思いやる配慮が欠けては成り立たないのです。
 仕事に対する熱意を語ったときに、それが本物かどうかもやはり人には伝わってしまうものです。どうしてこの仕事に情熱を傾けるのか?その理由が明確で、納得性が高ければ高いほど共感が得られる。ただ何となく仕事していますという程度では、話になりません。また、より大きな金銭を稼ぐために仕事をしているということでも、納得性が乏しいことに変わりはありません。やはり、そこまで打ち込んでいるなら、話を聴いてみようという気になるには、本物の熱意が必要です。つまり熱意が本物であることがキチンと伝わることが、最初の感性の扉を開くのです。
ジョージ・ワシントン大統領歴代アメリカ合衆国大統領研究