リンカーンの「人民の人民による人民のための政府」、フランクリン・ルーズベルトの「恐れなければならない唯一のことは恐怖それ自体である」、ケネディの「国があなたのために何をしてくれるか問うのではなく、あなたが国のために何ができるかを問いなさい」といった名言は優れたリーダーの言葉として今でも人々の記憶に残っています。もちろん歴代のアメリカ大統領のみならず歴史上に名を残す実業界のリーダーも必ずと言ってよいほど名言を残しています。
 
実業界のリーダーが残した名言

 自動車王ヘンリー・フォードは「誰にでも買える自動車、フォードT型」というキャッチコピーで富裕者層だけのものだった自動車を広く一般に広めました。フォードは、ごく普通の人々に、自分も自動車が持てるんだという夢を与えたのです。
 鉄鋼王アンドリュー・カーネギーは、若い頃、これからの時代は鉄鋼業が必要だと直感して全財産を擲って会社を設立し一代で巨万の富を築きましたが、「たとえ最善の仕事をしようと、多くは不完全である」と言っています。カーネギーが伝えたかったのは、経営者は事業を起こしてただお金を稼ぐだけでは駄目で、そうやって稼いだお金を活かさなければならないということです。
 もちろん日本の実業界のリーダーも名言を残しています。明治時代に三菱財閥の基礎を作った岩崎弥太郎はたくさんの士族の社員を持て余していました。へたな商売を「士族の商法」と言うように、士族はもともと支配階級でしたから営業に回っても愛想良くするはずがありません。そんな士族の社員たちに対して弥太郎は、「人に頭を下げると思うと腹が立つ。お金に下げるのだと思えばよい」と諭しました。士族の社員たちは目から鱗が取れた思いだったでしょう。 

 かの松下幸之助は、何かをスタートするときの心構えとして「志を立て決意することは大事、だが、それ以上に大事なのは、その初心を持ち続けることである」と言って勢いよく始めることだけではなく、継続させることの大切さを後進の私たちに諭しています。
 堀場雅夫は仕事と好きという感情の関係を次のように説き、ともかく目の前の仕事に全力を傾けることに気づかせてくれます。「仕事ができる人は、仕事を好きになるのがうまい。どんな仕事であれ、嫌々やるのではなく、自分なりのおもしろさを見いだそうと努力することで、仕事を好きに転化させる。仕事が好きになれば毎日が楽しいし、楽しいから仕事がおもしろくなる。この循環によって人は伸びていくのである」。
 リーダーたるもの、諦めずに取り組む姿勢をこのように示すものかのと、関心させられます。
 最後に、「明確な目標を持ったあとは執念だ。ひらめきも執念から生まれる」と言ったのは、安藤百福です。やると決めたらどこまでもやり抜く。そのことで必ず道が開けるのだと、勇気がもらえる言葉です。

 国家や大企業ばかりではなく、小さなプロジェクトチームのリーダーでも心を動かす言葉を発していることがあります。それは、プロジェクトチームのメンバーとの距離感が近いために、より飾らない平易な言葉である場合が多いように感じます。そして、重要なことは、やはりタイミングなのです。
 近くにいるからこそ、仕事がうまくいったときに褒め、そうでなかったときには励ます。壇上から聴衆に発するメッセージではないけれど、今目の前で起きていることに、語りかける「よかったね」「残念だったね」という言葉に人は心を動かされるのです。
 感情が動けばそれは充分に感動と言えます。家族や仲間同士でも、人の心の動きをよく見て、察して声をかける。小さなことですが、そう考えると誰でもが心に響く名言が残せるのかもしれません。

時を見計らって時を味方に

 リーダーとなる者は人の心を動かす言葉を持っていなければなりません。リーダーとなる者は人の心を動かす熱い思いを持っていなければなりません。そして、時を知らなければなりません。
 どんなに良い言葉であったとしても適切な時に言わなければ何の意味もありません。そのためにリーダーとなる者には時を見はからう洞察力も必要です。
 歴代アメリカ大統領で語るべき言葉を持っていたのは誰でしょうか。まずはリンカーンです。ゲティスバーグ演説を始めとして歴史に残る数々の名演説を残しています。リンカーンはまさに時代の申し子でした。
 リンカーンは大統領として南北戦争という未曽有の国難に立ち向かいました。リンカーンは国家の分裂は決して許すべきではないと国民に訴えました。
 リーダーは最も重大だと思うことについては寸毫の迷いも表面に出してはならないのです。
 南北戦争はアメリカ史上最も多くの死者を出した悲惨な戦争でしたが、リンカーンは最後の最後まで国民を導き、分裂したアメリカを再統合しました。もしリンカーンが少しでも迷いを見せていたら現代のアメリカは全く別物になっていたかもしれません。 
 貧しい家庭に生まれ育ったリンカーンは学齢期にほとんど正規の教育を受けることができませんでした。ではリンカーンはどこで言葉の力を得たのでしょうか。
 答えはシェークスピアです。リンカーンは少年の頃、酒場でシェークスピアを吟じる酔っ払いの声をよく聞いていたそうです。後に大統領になってからもシェークスピアをはじめとする文学作品を常に傍においていたそうです。
 リンカーンは、そうした文学作品を暗唱できるほど繰り返し読むことによって優れた文体を身につけたのです。人を動かす言葉を身につけるためには優れた文体を身につけなければなりません。

感動とともに非凡な表現を

 優れた文体とは分かりやすく明確で力強い文章です。そして、耳に残る文章です。
 平易なことを平易に言うことは簡単なことです。また難しいことを難しく言うことはそれほど難しいことではありません。一番難しいことは、難しいことを平易に言うことです。
 すべてを詳細に語るよりも、複雑な事情を整理し必要なことだけを適切に伝えるほうがよいのです。
 リンカーンは難しい技巧に富んだ表現を使っていたわけではありません。ごく普通の言葉を組み合わせて非凡な表現を作ることにリンカーンは長けていました。
 「人民の人民による人民のための政府」という言葉は普通の言葉を組み合わせていますが非凡な表現です。実はこれは政治家にして雄弁家のダニエル・ウェブスターの表現を真似したものですが、リンカーンが適切な時にこの表現を使ったので歴史に残っているのです。
 また演説は長ければよいというわけではありません。ゲティスバーグ演説はせいぜい二分程度にすぎません。
 ゲティスバーグでリンカーンの前の人は二時間近い演説を行いましたが、ご存知の通り人々の記憶に残ったのはリンカーンの演説です。 
 さらにリンカーンはとてもジョークを大事にしていました。リンカーンは、「笑いは人生を永遠に新鮮にする」と言っています。
 喜怒哀楽、そのどれもが感動です。真面目なことを語っていても時にはささやかな笑いをとることも大切です。聴衆はたとえ言葉の一つ一つを忘れたとしても決して感動した体験は忘れないでしょう。
 リーダーとなる者はメッセージを感動とともに伝えなければなりません。どんなに非凡な表現も感動がなければ色褪せてしまいます。

まるで音楽のように弁ぜよ

 リンカーンと並んで演説が上手かったのはフランクリン・ルーズベルトです。
 ルーズベルトの演説は数多くの音声が残っています。ルーズベルトの声は耳に残ります。聞いていると高揚感がみなぎってきます。
 演説技量は、書く能力、聴かせる能力の二つが必要です。
 書く能力はスピーチライターの助けを得れば改善できますが、聴かせる能力は本人の力量に左右されます。
 ルーズベルトの演説の特徴は、声の強弱がはっきりしていることに加え、速度も内容に応じて変化している点です。強調すべき言葉はゆっくりとした速度で強い調子で発音しています。
 また余韻もとっているので、ルーズベルトの演説はまるで心地よい音楽のようです。内容ももちろん優れていますが、勇気を奮い立たせる響きに溢れています。
 演説は歌を歌うのと同じです。
 結婚式のスピーチなどでよく見かけるのは、懐から草稿を取り出して読み上げるという光景です。きっと記念すべき結婚式を盛り上げようと苦心惨憺して書き上げた草稿を読んでいるのでしょう。
 草稿をそのまま読むと勢いが失われます。聴衆にとってはいくら内容が素晴らしくても退屈です。勿体ないことです。
 できるなら、まるで歌の歌詞を覚えるようにすべて暗記してしまうのがよいでしょう。しかし、演説を丸暗記するのは大変なことですし、もし途中で忘れてしまったらどうしようと不安になります。
 そこでお勧めの方法は、要点だけをメモした紙を持って話す手法です。そうすれば生き生きとした演説ができます。この手法は実際に大統領が採用した方法です。

 聴いていて思わず納得するような言葉やいつまでも印象に残る言葉には、その人の感情が込められた普段使いの言葉が多いように思います。やはり人は美しい詩のような言葉に感動するわけではなく、言葉に込められた感情に感動するのです。
 例えば、スポーツ選手が激闘のすえに勝利を得た瞬間の言葉にならない言葉に人々は感動し、涙することがあるからです。背景にある、厳しい練習や精神的な葛藤が伝わり、努力の積み重ねが勝利の栄光が勝ち取ったことを感じ取ることができるのです。
 メッセージは美しいか、正しいかではなく、最後は想いを込めた自分の言葉で語ることが
伝えるという目的を達成する近道なのです。

リーダーの務めは勇気と希望を与えること

 フランクリン・ルーズベルトはリンカーンと同じく時を知っていました。
 ルーズベルトが大統領に就任した1933年は、アメリカ国民が大恐慌に打ちひしがれて絶望にかられていた年でした。国民の勇気と希望を取り戻すことが最優先課題でした。
 ルーズベルトは就任演説で「恐れなければならない唯一のことは恐怖それ自体である」と訴えました。
 リーダーは人々に勇気と希望を与える存在でなければなりません。
 ルーズベルトは、勇気と希望を与える新しい政策を「ニュー・ディール」と名付けました。国民はアメリカの命運をニュー・ディールに賭けてみようと信じました。
 国民のすべてがニュー・ディールの全貌を理解していたでしょうか?それはありえないことでしょう。しかし、国民はルーズベルトを選びました。
 それはルーズベルトが勇気と希望を与えるリーダーだったからです。ニュー・ディールという言葉の響きに希望を感じたからです。まさにそれは福音です。
 後の研究によるとニュー・ディールにより本当に大恐慌を克服できたかどうかは疑問です。しかし、多くの国民の勇気と希望を取り戻したという点でニュー・ディールはまさに時代が必要としていたのです。
 他の大統領も自らの考えを表すキー・ワードを作っています。
 セオドア・ルーズベルトのニュー・ナショナリズム、ウィルソンのニュー・フリーダム、ケネディのニュー・フロンティア、そしてジョンソンのグレート・ソサエティなどが有名です。
 このようにリーダーとなる者は自らの考えをずばり一言で表せなければなりません。
 
求められているのは不安を打ち消す確かな言葉

 「人口に膾炙する」という諺があります。
 膾炙とは美味しいお肉のことです。人々が美味しいお肉を食べるのが好きなように名言や詩句が人々の間で広まるという意味です。
 近頃、「格差社会」という言葉が人口に膾炙し、今ではすっかり定着したようです。日本が格差社会かどうか、たくさんの議論が交わされてきました。
 私は、格差社会が事実かどうかはそれほど大切ではないと思います。大切なことは、なぜ「格差社会」という言葉が人口に膾炙したかです。  
 「格差社会」という言葉が人口に膾炙したのは、多くの人々が漠然と感じていた不安を表すうってつけの言葉だったからです。格差社会が事実かどうかは関係ありません。「格差社会」という言葉が流行したのは、多くの人々がそう感じているという事実を示しています。
 今、日本のリーダーに求められているのは人々の不安を打ち消す言葉です。熱い思いがある言葉です。
 相次ぐ不祥事はいつの世もあることです。さらなる不祥事を防止することも大事ですが、何よりも大事なのは人々の不安を解消することです。
 例えばある研究者が、詳細な統計データを示して格差社会は存在しないといくら訴えても意味はありません。問題は人々の心の中にあるからです。格差社会の到来を既に現実として受け入れている人がたくさんいます。そして、その中にはそれを不当だと思う人もたくさんいるでしょう。
 ではどうすればよいのでしょうか。
 日本のリーダーは正直者が損をしない仕組みを作ろうというメッセージをまず人々に心に響かせなければなりません。人々の心を変えなければ何も変わりません。
 社会を支えている大部分の人々は正直に働き、正当な報酬を得たいと考えているはずです。
もし一生懸命に働いているのに正当な報酬、つまり生活に困らず、ささやかながら余暇も楽しみ、老後の蓄えもできる報酬を得ることができないならどうでしょうか。そして、一方ではルールを破ったり、他者を搾取したりして荒稼ぎをしている人がいることを知ったらどう思うでしょうか。正直者は馬鹿を見るだけ、大部分の人々がそう思い込んで投げやりになってしまえば社会は荒廃します。心の荒廃から社会の荒廃は始まります。
 社会は人が作るものです。人あってこその社会です。だから社会を変えられるのは人であり、また人の心そのものなのです。人の心をまず変える、それがリーダーとなる者に必要なことです。具体的な行動を取るのはその後でよいのです。

 大丈夫ですよ、あとは自分のできることをやればいいんですよという、安心できる言葉をたった一言でいいから、社会は待ち望んでいるのです。その一言を生み出し、社会に向かって発信することがリーダーの最大の役割ではないでしょうか。

語るべきなのは「私たち」の思い

 私はよく近くの大きな公園を散歩します。
 歩くのは健康に良いというので歩いています。日曜日の公園にはたくさんの親子連れがいます。親子で他愛のないことを話しながら遊んだり戯れたりして午後の一時を楽しんでいるようです。
 楽しんでいるのはもちろん親子連れだけではありません。恋人どうしや友人どうしもいるでしょう。のどかで平和な情景です。ごく平凡ですが、これはとてもとても大切なものだと私はいつも感じています。
 先憂後楽という言葉があります。
 リーダーとなる者は多くの人々に先んじて心配をし、人々が楽しんだ後で楽しむということです。もちろん先んじて心配したとしてもそれを表情に出してはなりません。そして、人々が喜び楽しむ様子を見て楽しむ豊かな心を持たなければなりません。
 私利私欲に走ることなく、多くの人々の喜びを自らの喜びとすることこそ至高の喜びです。 
 リーダーになる者にとって何よりも大事なのは己を無にすることです。
 自分の思いを語るといってもリーダーの自分勝手な思いを押し付けても人々の心をとらえることはできません。まず人々の声なき声を感じ取り、それを言葉にして伝えなければなりません。それは己を無にしてはじめてできることです。
 リーダーとなる者は、「私」の思いを語るのではなく、「私たち」の思いを語るべきです。

 企業では、進むべき道示す指標を持っていることがよくあります。それは、行動の指針にもなっていて、いつもポケットに携帯している企業も珍しくありません。リッツ・カールトンホテルのクレドが有名ですが、自分たちのあるべき姿をいつも思いながら行動することは、企業にとっても個人にとってもとても大切な意味があります。しかし、こういった行動指針を策定した企業でも、社員の行動レベルまで浸透している場合とそうでない場合があります。その違いは何でしょうか?
 いくつかの企業でその実情を見る限り、その指針が出来上がったプロセスに差があるようです。ひとつは、社員が全員参加して、「私たち」がどうあるべきかを考えながら、少しずつ積み上げ改訂を繰り返し、作り上げ今もまだ完成には至らず定期的な見直しをしています。
 もうひとつは、社長ないしは経営層の幹部が制定し、こうあるべきという「私」の思いを押し付けた格好になっており、実行が伴わないまま、格好のいい飾りになってしまっています。つまり、指針の策定プロセスに最初から「私たち」社員が加わるかどうかが差を作り出していると考えられます。もし、そうだとすると、行動指針に限らず一つ一つの決定プロセスを上からの押し付けで行うのではなく、そこに人々を参加させることで決定したことが「私」ではなく「私たち」になり、結果的に浸透していくことになるのです。
 リーダーのもうひとつの資質は人を巻き込む力が必要だと言うことです。
ジョージ・ワシントン大統領歴代アメリカ合衆国大統領研究