家庭環境


独立宣言の署名者である父
 父ベンジャミン(1726.4?-1791.4.24)は独立宣言の署名者として知られる。1749年から1775年にかけてヴァージニア植民地議会議員を務めた。そして、1774年から1778年にかけて大陸議会のヴァージニア代表を務めた。その後、1776年から1781年までヴァージニア革命協議会議員として働いた。1778年からは同議長となっている。さらに1781年から1784年にはヴァージニア邦知事に就いた。母エリザベス(1730.12.13-1792)は夫ベンジャミンの又従姉妹にあたる。1748年に結婚した。

兄弟姉妹
エリザベス・ハリソン
 長姉エリザベス(1751-?)は、独立戦争時、リッチモンドにある大陸軍の病院の事務局長を務めたウィリアム・リックマンと結婚した。後に再婚した。
アン・ハリソン
 次姉アン(1753.5.21-1821)はバークレイで生まれ、1775年3月9日に結婚した。夫デイヴィッド・クープランドは、ヴァージニア州カンバーランド郡の判事であった。
ベンジャミン・ハリソン
 長兄ベンジャミン(1755-1799)はバークレイで生まれ、大陸軍の主計総監を務めた。
ルーシー・ハリソン
 3姉ルーシー(?-1809)は、独立戦争時、ラファイエットに副官として仕えたペイトン・ランドルフと結婚した。さらに独立戦争で砲兵大尉を務めたアンソニー・シングルトンと再婚した。ルーシーの孫ウィリアム・テイラーはウィリアム・ハリソンの4女アナと結婚している。
カーター・ハリソン
 次兄カーター(?-1808.4.18)はウィリアム・アンド・メアリ大学で教育を受けた。1784年から1786年にかけてヴァージニア州下院議員を務めた後、1793年から1799年にかけて連邦下院議員を務めた。1805年から1808年にかけて再度、ヴァージニア州下院議員を務めた。
サラ・ハリソン
 4姉サラ(1770-1812)は1770年に生まれ、結婚後、1812年に亡くなった。

ウィリアム・ハリソン大統領歴代アメリカ合衆国大統領研究