その鞄の中身は?


 大統領の傍には、「フットボール」と呼ばれる何の変哲もない黒い鞄を持った一人の将校が常に控えている。いったい何が入っているのか。
 大統領の重要な職責の一つに核ミサイルの発射指令がある。広島と長崎に原爆が投下されて以来、核の使用権限は大統領が握っている。何故そのような絶大な権限を大統領一人が握っているのか。
 冷戦時代にアメリカで核ミサイルの配備が進んだのは、ソ連からの核ミサイル攻撃を抑止するためだった。つまり、核ミサイル発射は報復攻撃のために行うことが原則であった。もしアメリカに向かって核ミサイルが発射された場合、早ければ一時間以内に核ミサイルが本土に到達するという可能性もある。いちいち議会を召集し、報復の是非を論議している時間はない。そのため大統領がアメリカ軍の最高司令官として核ミサイルにより報復攻撃を行う決定を下す権限を一人で握っている。
 ただ大統領が何の危機もないのにいきなり核ミサイルを発射することは難しい。なぜなら正式な宣戦布告の権限は議会にあるからである。例えば朝鮮戦争の際に、トルーマン大統領は核を使うことを仄めかしたが、朝鮮戦争が正式な宣戦布告を経ていない戦争(トルーマン自身の言い方では「警察行動」)であったために核は絶対に使えなかったはずだ。
 実際には、核ミサイル発射は「統合戦略計画(SIOP)」という厳密なマニュアルに従って行われることになっている。その極秘文書には、アメリカが核ミサイル攻撃を受けた時にどのように大統領や閣僚が行動すべきか、という内容も含まれている。
 まず衛星やレーダー網からなる北米大陸防空システムがアメリカへの核ミサイル攻撃を探知し、攻撃が本物か判断する。攻撃が本物であれば大統領に報告する。大統領は閣僚と統合戦略計画に沿って討議する。核ミサイル発射が決定されれば、大統領は核ミサイルの担当者に発射コードを伝える。そのコードにより発射命令が本物であることが確認され、プロテクトが解除される。その発射コードは「フットボール」に収められている。大統領は、本人証明用のコードを読み取り、さらに攻撃対象のコードを読み取らなければならない。
 核ミサイル発射の詳細な手順は最高機密であり、大統領が変わる度に変更されている。もし大統領が核ミサイル攻撃により死亡した場合はどうなるのか。その場合は、大統領職の継承者が発射命令を発令する。大統領の死亡により職務を継承するのは、通常、副大統領である。副大統領が駄目なら下院議長、それでも駄目なら上院議長代行(議長は副大統領が兼務)と継承順位が定められている。

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