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第40代アメリカ合衆国大統領ロナルド・レーガンRonald wilson Reagan生没年(1911年2月6日〜2004年6月5日) 在任期間(1981年1月20日〜1989年1月20日) |
| 概要 |
ロナルド・レーガンはイリノイ州タンピコで生まれた。父ジョン(1883.7.13-1941.5.18)と母ネリー(1885.7.24-1962.7.25)の2人の息子の年下の方であった。父ジョンはアイルランド移民一世であり、靴のセールスをしていた。レーガンは地元のユーレカ・カレッジを卒業後、ラジオ・アナウンサーになった。 レーガンはラジオ・アナウンサーから映画俳優に転進した。第2次世界大戦に出征したが視力が悪かったためにほとんど実戦に参加することはなかった。戦後、22本の映画に出演した。映画界を離れ、テレビ番組の司会を8年間務めた。その後、カリフォルニア州知事選挙に当選し、2期8年在職した。1976年の大統領選挙で共和党候補指名を獲得しようとしたが失敗した。1980年の大統領選挙で候補指名に成功し、本選でも当選を果たした。 大統領としてレーガンは強いアメリカの復権を全面に押し出し、グレナダ侵攻、リビア空爆、ペルシア湾への艦隊派遣など武力行使も辞さなかった。またSDI構想を打ち出し、軍備拡張路線をとった。その一方で、米ソ首脳会談を実現し、緊張緩和への道筋をつけた。小さな政府を標榜し、連邦職員の削減や減税、福祉予算の削減などを行ったが、財政面と貿易収支から「双子の赤字」を抱えた。 |
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