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アメリカ歴代大統領研究ポータル

ジェラルド・フォード大統領
第37代アメリカ大統領
飾り

リチャード・ニクソン

リチャード・ニクソン
説得力 45.6 21位
危機対応力 48.6 23位
経済管理力 47.2 22位
カリスマ 18.4 41位
外交力 70.6 11位
行政手腕 53.0 23位
議会連携力 39.2 37位
決断力 45.2 22位
公正性 43.9 18位
ヴィジョン 38.4 33位
C-SPANのランキングに拠って作成
リチャード・ニクソン大統領の能力値

リチャード・ニクソン大統領の概要

Richard Milhous Nixon

Tricky Dick

 共和党
 Republican

 在任期間
 1969年1月20日〜1974年8月9日
 生没年日
 1913年1月9日〜1994年4月22日
 身長・体重
 181.6cm/79.5kg
 

ごく普通の家庭

 リチャード・ニクソン大統領はカリフォルニア州ヨルバ・リンダで生まれた。父フランシス(1878.12.3-1956.9.4)と母ハンナ(1885.3.7-1967.9.30)の5人の息子の2番目であった。父フランシスは地元でガソリン・スタンドと雑貨店を営んでいた。ニクソンは学費を捻出できなかったために地元のホイッティアー大学に進学した。卒業後、デューク大学ロー・スクールで学び、弁護士になった。

反共運動の闘士

 第2次世界大戦では海軍に所属し、少佐まで昇進した。戦後、連邦下院議員に当選し、非米活動委員会でアルジャー・ヒス事件を担当し全国的に有名になった。さらに連邦上院議員選挙に出馬したニクソンは選挙戦術を駆使して大差で対立候補を破った。1952年の大統領選挙で副大統領候補としてドワイト・アイゼンハワーとともに立候補し勝利をおさめ、8年間在職した。1960年の大統領選挙に出馬したがジョン・ケネディに僅差で敗れた。カリフォルニア州知事選挙にも敗れ、一時期、弁護士業に戻ったが1968年の大統領選挙で念願の大統領の椅子を手に入れた。

史上唯一の辞任

 ニクソンは、訪中を電撃的に成功させて世界を驚かせた。ヴェトナムから撤退する一方でカンボジアに侵攻した。再選を果たしたものの、ウォーターゲート事件が発覚し、弾劾で罷免される可能性が高まったために自ら辞任した。

ニクソン大統領の参考情報