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第18代アメリカ合衆国大統領ユリシーズ・グラントUlysses Simpson Grant(Hiram Ulysses Grant) 生没年(1822年4月27日〜1885年7月23日) 在任期間(1869年3月4日〜1877年3月4日) |
| 概要 |
ユリシーズ・グラントはオハイオ州ポイント・プレザントで生まれた。父ジェシー(1794.1.23-1873.6.29)と母ハンナ(1798.11.23-1883.5.11)の6人の子供の長子であった。父ジェシーは皮革業に携わり、オハイオ、ケンタッキー、イリノイ、ウィスコンシンに工場や店舗を持っていた。グラントは父ジェシーの骨折りでウェスト・ポイントの陸軍士官学校に入った。 陸軍士官学校を卒業後、米墨戦争に従軍した。米墨戦争終結後、カリフォルニアへの異動を命じられるが、2年後に退役した。ミズーリ州で農業や不動産に手を出したがうまくいかなかった。その後、弟の誘いで皮革店の事務員として働いた。南北戦争が勃発するとグラントは軍歴をかわれてイリノイ義勇軍の大佐に任じられた。ヴィクスバーグ包囲戦をはじめとして数々の戦いを勝利に導き、遂にはピーターズバーグの戦いで南軍のリー将軍をアポマトックスでの降伏に追い込んだ。南北戦争での戦績により国民的な知名度を得たグラントは1868年の大統領選挙で当選した。 グラント政権では相次いで汚職スキャンダルが発覚した。また1873年の恐慌で経済は停滞した。その一方で南部諸州は順次、連邦に復帰し、グラント政権終了後まもなく、連邦軍の撤退で以って南部再建が完了した。 |
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