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第19代アメリカ合衆国大統領ラザフォード・ヘイズ
Rutherford Birchard Hayes |
| 概要 |
ラザフォード・ヘイズはオハイオ州デラウェアで生まれた。父ラザフォード()1787.1.4-1822.7.20)と母ソフィア(1792.4.15-1866.10.30)の5人の子供の末子である。父ラザフォードはヘイズが生まれる前に亡くなった。しかし、遺産が多額にあったのでヘイズは進学することができた。ケニヨン・カレッジを総代で卒業した後、ハーヴァード大学ロー・スクールで学んだ。 弁護士として法律事務所を開いて成功したヘイズはオハイオ州シンシナティの法務官に選出された。南北戦争が勃発するとオハイオ義勇軍の一隊を指揮し、サウス・マウンテンの戦いで負傷した。戦後、連邦下院議員に当選、さらにオハイオ州知事になった。1876年の大統領選挙で共和党大統領候補指名を獲得するが、民主党候補を相手に苦戦した。結局、両党の取引によりヘイズの当選が確定した。 ヘイズは大統領選挙での取引に基づいて南部の軍政を終了させ連邦軍を撤退させた。党内の反対にあいながらも公職任用制度の改革を行った。また中国からの移民を排斥する法案に拒否権を行使して議会と対立した。外交面ではパナマ運河をアメリカの管理下に置く姿勢を示し、ヨーロッパ列強を牽制した。 |
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