マーティン・ヴァン・ビューレン 第8代アメリカ合衆国大統領

 

マーティン・ヴァン・ビューレン

Martin Van Buren

生没年(1782年12月5日〜1862年7月24日)
在任期間(1837年3月4日〜1841年3月4日)

 

概要


オランダ系の出自
 ヴァン・ビューレンはニュー・ヨーク邦のキンダーフックで生まれた。アメリカ独立後に生まれた初めての大統領である。父エイブラハム(1737.2.17-1817.4.8)と母マリア(1747?-1817/18.2.16)の5人の子供の3番目として生まれた。母マリアは再婚である。14才の時、初等教育を受けただけに過ぎなかったが、早くも法律を学び始めた。

小さな魔術師
 弁護士となったヴァン・ビューレンは、遺言検認判事を皮切りにニュー・ヨーク政界で次第に地歩を築いた。州上院議員、州司法長官を歴任する。オールバーニー・リージェンシーと呼ばれる政治団体を組織し、州内の実力者となった。1828年の大統領選挙でジャクソンの当選に貢献している。ジャクソン政権下で国務長官や駐英大使を歴任した後、1832年の大統領選挙で副大統領候補となり、ジャクソンとともに当選した。その巧みな政治手腕から「小さな魔術師」と呼ばれた。

ジャクソンの後継者
 ジャクソンの後援を得て大統領に当選したヴァン・ビューレンは1837年に大統領に就任した。1837年恐慌が起きた際には政府支出を切り詰め、恐慌を回復させる有効な手を打つことができなかった。民主党から大統領候補指名を受けたヴァン・ビューレンであったが、恐慌で国民の支持が衰えていたためにホイッグ党大統領候補のウィリアム・ハリソンに敗北した。1844年と1848年に再び大統領への道を目指したがいずれも成功しなかった。


目次

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  年表
  出身州
  祖先
  家庭環境
  学生時代
  職業経験
  大統領選挙戦
  政権の特色と課題
  副大統領・閣僚・最高裁長官
  引退後の活動
  後世の評価
  ファーストレディ
  子供
  趣昧
 
エピソード
  宗教
 
演説

  参考文献・リンク

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