最高裁長官ジョン・マーシャル


ジョン・マーシャルの経歴については、ジョン・アダムズの項、 副大統領/閣僚/最高裁長官、国務長官ジョン・マーシャルを参照せよ。前政権からマーシャルは引き続き在職した。
 1819年、ダートマス大学対ウッドワード事件でマーシャルは、合衆国憲法第1条第10節1項の「契約義務」条項に基づいて、ニュー・ハンプシャー州が制定した法律に対して違憲判決を下した。「契約義務」条項とは、各州は契約上の義務を損なうような法律を定めてはならないという規定である。ニュー・ハンプシャー州はダートマス大学に植民地時代に与えた特許状を廃止し、新たに州立大学として改組しようとした。それに反対して大学は州を相手取って訴訟を起こしたのである。
 そして、同年のスタージェス対クローンニンシールド事件においてマーシャルは、債務者の責務を免ずる州の破産法に対して、「契約義務」条項に基づいて違憲を宣告した。さらにマカロック対メリーランド事件で、マーシャルは連邦議会が国立銀行に特許状を与える権限を認める一方で、国立銀行に税を課すメリーランド州法に対して違憲判定を下した。
 1821年のコーエンズ対ヴァージニア事件では、連邦最高裁が州最高裁の最終判決を再審理する権利を有することを再確認した。1824年のギボンズ対オグデン事件において、最高裁は、州内の水系において独占的航行権を特許として認めるニュー・ヨーク州の法律に対して違憲判決を下し、最高裁が州際通商を規定する権限を持つことを示した。

ジェームズ・モンロー大統領歴代アメリカ合衆国大統領研究