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アメリカ歴代大統領研究ポータル

ノーベル賞を受賞した大統領

悪魔の饗宴

 現代では就任式はテレビで大々的に放映される一大イベントだ。就任式は、1937年以後、毎回1月20日に行われている。正午少し前に行われる大統領宣誓に始まり、就任演説、就任パレード、就任舞踏会と盛大な式典が目白押しだ。ワシントンのみならずテレビ・ネットワークを通じて全米が祝賀ムード一色に染まる。しかし、穏やかな就任式ばかりではなかった。
 時は1829年3月4日、アンドリュー・ジャクソン大統領の就任式が行われた。その日は多くの人々にとってジャクソンが「人民の大統領」になる記念すべき日であった。これまでアメリカ大統領はワシントン政界に関係が深い者達の中から選ばれてきた。ジャクソンは初めてワシントン政界外から選ばれた大統領であった。
 ホワイト・ハウスが多くの人々の解放された。人々は悪魔の饗宴とても言うべき乱痴気騒ぎを繰り広げた。

ジャクソン政権時代のホワイト・ハウス
ジャクソン政権時代のホワイト・ハウス
 それを目撃した者は以下のように書いている。

「少年、黒人、女性、子供など有象無象が叫んだり争ったり跳ね回ったりしている。何たる惨状だ。何たる惨状だ。何の対策も講じられておらず、警察は配置されていない。ホワイト・ハウス全体が愚暴徒でいっぱいだ。[中略]。軽食を奪い合う中で数千ドルもするガラスや陶磁器を破壊したり、パンチや他の物を桶やバスケットに入れて持ち去ったりしている。アイス・クリームやケーキ、レモネードがいくらあっても足りないだろう。2万人もの人がいると言われているが、その数は誇張されているわけではない。淑女は卒倒し、男達の鼻は血塗れだ。[中略]。泥だらけのブーツでダマスク織の椅子やソファの上に立っている男達を見るのは嘆かわしいことだ。この招待に応じるべきなのは群衆ではなく紳士淑女だったかもしれない。しかし、これこそ人民の日であり、人民の大統領と人民が支配する日であった」

 ジョセフ・ストーリー最高裁判事もその日のことについて次のように記録している。

「群衆は、最も洗練された上流階級から国民の中で卑しく低俗な者達まであらゆる種類の人々から構成されている。私はそのような交雑をこれまで見たことがなかった。暴徒の王[ジャクソン]の支配が勝利を収めたかのように見えた。私はできる限り速くその場から離れた」

 ジャクソンは大統領執務室に人々を招き入れたが、あまりにたくさんの人々が殺到したので後ろの壁に押し付けられ、息も絶え絶えという状態になった。そこで甥で秘書のジャック・ドネルソンと何人かがジャクソンの腕を取って脇を固めた。そして、ゆっくりとジャクソンを大きな窓から出して階段を下り、何とか馬車まで運んだ。ジャクソンはギャッツビー亭に難を避けてようやく一息つくことができた。ジャクソンは就任最初の夜をギャッツビー亭で過ごさなければならなかった。そして、清掃と修繕が済むまで一週間もホワイト・ハウスに入れなかった。
 ジャクソンのすごいところはこの就任祝賀会の乱痴気騒ぎにまったく懲りていなかったことだ。大統領任期を終えるにあたって、ジャクソンは酪農家から巨大なチーズをプレゼントされた。長さ約120cm、厚さ約60cm、重さ約635kgという巨大なチーズである。当然、1人では食べきれない。
 そこでジャクソンは退任パーティーを開くことにした。  その結果は惨憺たるものだった。食べ残しのチーズがカーペットの上で踏み潰されたり、家具に塗りつけられたりしていた。特に匂いがすさまじく何週間も匂いが消えなかったという。後にチェスター・アーサーがホワイトハウスの家具が気に入らないと言ってほとんどすべての家具を二束三文で売り払ったが、もしかするとこのことに原因があるのかもしれない。