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第15代アメリカ合衆国大統領ジェームズ・ブキャナンJames Buchanan生没年(1791年4月23日〜1868年6月1日) 在任期間(1857年3月4日〜1861年3月4日) |
| 概要 |
ジェームズ・ブキャナンはペンシルヴェニア州ストーニー・バッターで生まれた。父ジェームズ(1761-18216.11)と母エリザベス(1767-1833.5.14)の11人の子供の中で2番目であった。父ジェームズはアイルランドからアメリカに渡り、商人と農夫として成功した。ブキャナンは一家が営むフロンティアの交易所を手伝って育った。ディキンソン・カレッジを卒業後、法律を学んで弁護士になった。 政界に入ったブキャナンはペンシルヴェニア州下院議員に当選後、連邦下院議員、駐露アメリカ公使、連邦上院議員、国務長官、駐英アメリカ公使を歴任した。多くの公職に就いたために自らを「年老いた公僕」と称している。なお歴代大統領の中で唯一、生涯独身であった。1856年の大統領選挙で民主党大統領候補として当選した。 奴隷制をめぐる南北の対立がますます深刻化する中で、ブキャナン個人は奴隷制が不公正であると信じていたが、奴隷を保有する南部の憲法上の権利も認めていた。ブキャナンは中道的な立場をとろうとしたが、そうした姿勢は北部から南部に過度に加担するものと見なされた。南部諸州脱退の危機が迫るとブキャナンは宥和策をとろうとしたが失敗した。 |
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