司法長官チャールズ・リー


ジョン・アダムズ チャールズ・リーの経歴については、ワシントンの項、副大統領/閣僚/最高裁長官、司法長官チャールズ・リーを参照せよ。
 強固な連邦派であったリーは、外国人法・治安諸法の制定を推進し、フランスとの和解に反対した。しかし、他の連邦派の閣僚とは違ってアダムズに忠実であった。ピカリングが免職された後、一時期、国務長官の職務も代行した。アダムズはいわゆる「真夜中の任命」でリーを第4管区の首席判事に任命した。しかし、1801年の裁判所法の廃止にともない、リーは失職した。失職後、弁護士業に従事し、1807年にはリッチモンドでアーロン・バーの弁護も務めた。

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