前書き

 昭和の時代が永遠のものとなってからもうすぐ二十年が経とうとしている。昭和天皇の大葬の礼がテレビで放映された時、私はまだ子どもだったが、子ども時代を彩る一つの鮮明な記憶として脳裏に焼き付いている。戦後、天皇陛下は「人間宣言」によって神ではなく国民統合の象徴となった。国民の皇室への関心は、昭和の末期には、少し薄れているようにも思えた。そうした時に、昭和天皇が崩御し、大葬の礼がしめやかに行われたのである。テレビでは昭和天皇の特集が繰り返し流され、昭和天皇を題材とした書籍が巷に溢れた。昭和という時代は、日本にとってまさに激動と苦難の時代であったことを国民は再認識した。

 昭和天皇の功罪について様々な論があろうとも、昭和天皇が昭和という時代の渦中の中心におられたというのは誰もが否定しようもない事実である。また皇室が世界でも類をみない存在だということも確かである。イギリスにも長く続く王朝はあるが、日本の天皇制とは全く異質で「万世一系」とは決していえない。昭和天皇の全国巡幸は、この世界でも類を見ない唯一の存在である天皇制が日本開闢以来、最大の存続の危機を迎えた時に行われた。

 実は、巡幸が開始される前、天皇陛下をはじめ側近たちは、国民が天皇陛下を石もて迎えるのではないかと恐れていた。しかし、事実は全く逆であった。国民は全国津々浦々で昭和天皇の巡幸を熱狂的に歓迎したのである。それは、GHQが、天皇制が強大になり過ぎるのを恐れて巡幸を一時期中断させた程である。  全国巡幸は、戦前の軍国主義と結び付いた神格的な天皇制から、戦後の民主主義と結び付いた大衆的な天皇制への脱皮を多くの国民に強く印象付けたのである。また天皇陛下から激励を受けた多くの国民は復興への意志をあらためて強くしたのであった。

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