苦しいだろうが採炭は大切な仕事
 昭和22年から昭和25年まで実施された傾斜生産方式は、石炭、鉄鋼、肥料などの基幹産業に集中的に資金、資材、労働力を配分する方式であった。そのため天皇陛下御自ら石炭産業を振興されることは大きな意義があった。以下の逸話はそうした昭和天皇の考えを示している。

 昭和24年5月29日、8時50分に御宿泊所の船小屋観光ホテル樋口軒をお発ちになった天皇陛下は、9時50分に大牟田の三池鉱業所三川鉱にお着きになった。奏上を受けられた後、作業衣をお召しになった。お付の人たちは紺の作業衣であったが、天皇陛下の作業衣のみ白であった。天皇陛下はさらにピッケルをお手にされ、6千人の作業員の歓呼に応えられながら坑内に向かう人車に乗り込まれた。12分で地下1500メートルの地底に到着、プラットホームより600メートルの切羽まで玉歩を進められた。切羽では酷暑の中、採炭の様子をご覧になり、坑夫たちにお声をかけられた。貯炭場をご覧になった後、天皇陛下は地上に戻られた。約1時間にわたるご視察であった。 入江侍従はご視察の様子を同日の日記に次のように記している。

「御入坑前に人車の所でお立ちになり、下に並んでいる人たちに御会釈の後御入坑、坑内でも色々御言葉を賜り、非常に有難いことであった」

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